過剰敬語

「私がご案内致します」

という表現があるが、誰がこんな言葉を広めたんだ?
 「致します」は動詞「する」の敬体。丁寧語用法は三人称が前に来たり主語が内向きにならない場合*1にしか使わないので、ここは謙譲語となる。致しますを原形に変換すると「ご案内する」だが、「案内する」になぜか「ご」をつけた形になっている。集会で「ご挨拶を頂戴した○○様のご案内に従い、議事を進行いたします」という場合の「ご案内」は名詞であって、「案内」に御飯の「ご」がついた丁寧表現。でも、「案内する」は1語のサ変動詞*2であり自分の動作。自分の動作を示す動詞に対して丁寧語を用いるというのは日本語の用法ではない*3
 仮に、ご案内を丁寧表現だとしておかしくないと仮定しても、日本語には二重敬語という古典的用法がある。1語に対して2つの敬語表現を重ねる場合、謙譲語が含まれていたら自分の動作で相手は天皇、尊敬語を二重にしたら天皇の動作*4と、いにしえから決まっているものである。昭和や平成になってから廃止されたということは聞いたことがない。古典の試験で、文中に主語が書いていないが二重敬語であることを読み取って動作主が誰かを答えさせる問題を解いたことがある人は少なくないだろう。
 「案内する」に「ご」をつけて「致します」に語尾変換を施したということは、「私がご案内差し上げるお相手は天皇だ」ということを主張しているようである。もし、丁寧表現のつもりに一般人に向かって発した場合、それは過剰敬語となり、相手に失礼に当たることになる。
 せめて、こう言ってほしいものだ。

「私がご案内を致します」

これで「案内」と「致します」が違う文節に分かれる。「を」が付くだけで大違いである。

東海道新幹線の車内自動放送はきちんと「を」をつけている

 「私は、ご退出いたします」「私が、ご検討します」はみんながおかしいと思っているのに、案内、提案、提出など、自分の動作であって、結果が相手に及ぶものについては、相手を天皇と見なしてもいいというルールを行使する人がいる。
 最近はやりの「〜させていただく」用法も「恐れながら申し上げます」のようなもので、みんな、時代劇を見すぎである。
 過剰敬語は、先日書いた「電車がまいります」の例のように、非生物に謙譲語を使う例があるが「ペットにえさをあげる」*5のように定着してしまったものもある。
 ちなみに、お客様にガイドするときはなんと表現すればいいのだ?

○「案内します」「案内致します*6」
×「ご案内致します」「ご案内させていただきます」

 「案内させます*7」を「案内してもらいます」のように言うのはまだ親しみある表現としていいと思うけれど、過剰敬語の類は「おビール」などと同じで、聞いているとおかしくなってしまう。まじめな場面で、まじめな顔をして「ご案内致します」などと言うのは、笑うところを耐えろと言われているみたいで腹立たしくもあり、おもしろおかしくも思えてしまい、かなり気持ちとしては複雑である。

*1:ごはんに致しましょうか、のような用法

*2:名詞「案内」+サ変動詞「する」という説もあるが

*3:例えば、尊敬する相手に対して、自分の父親のことを話すときに、お父様(尊敬語)ではなく、お父さん(丁寧語)でもなく、父(常体表現)を使うのは常識。「私のご意見を申し上げます」も変

*4:ちなみに、現代語では「ご歓談ください」「ご足労願います」など、相手の動作に「ご」を乗せるは許容とされている。ただそれでもご案内致しますとは全然違う

*5:ペットは非人間なのに、尊敬語を使ってしまっている。生類憐れみの令、御犬様の時代に逆戻りか?

*6:敬語表現としては正しいが、あまり使わないかも

*7:させますは、尊敬ではなくて使役。これは正しい表現