医療崩壊で医療機関が赤字で苦しみ、医療従事者の待遇が下がっているという。
現場の方々からすればご苦労なことだとは思うが、どうせいまた得意の政治力で第二の空床投資のような発明をするのだろうと思うとあまり同情する気は起こらない。
命を守る職業が低待遇でいいのかという主張もあるようだ。
おいおい、勘違いはよしてくれ。
どんな職業についていてもお金で報酬を得て、人々は生計を立てている。
誰がを扶養していればその職業が扶養者の命を守っている。
医療こそが命を守るなんて、ひどい勘違いだ。
わたしは健康診断を除けばしばらく病院に行っていないので、週3回生ゴミを回収してくれて住宅環境を維持してくれる町のゴミ収集受託業者こそがわたしの命を守ってくれている。
命を犠牲にする覚悟で働いてくださる職業は、さすがに他に比べればありがたいと思う。警察消防防衛外交は使命を持って仕事をしていらっしゃる。
でも若手医師が大学の医局に勤めていて睡眠時間がないのと、ブラック企業に勤めていて睡眠時間がないのは同じだと思うのだよね。
同じようにお疲れ様と言いたいが、医者の方が尊い、すばらしいとは思わないんだよね。
医療待遇の課題を訴える人の主張には、我々は国家から免許を与えられた崇高な医者「なのに」という心理が透けて見える。
なのにってなんだよ、みんなそうだよ、みんな命を守っているだよ。
こういうことを言うと、「今は健康かもしれないが、命が危なくなったら医者に助けを乞うのだろう」とたしなめられるかもしれない。
下手をすれば自分の報酬が減るだけでなく、誰かの命に関わる仕事なんていくらでもあるし、日常生活とも十分に関わりがある。
それらにひとつすつ「今回のわたしとの関わりだけは失敗しないでください」と助けを乞いながら生きなければならないのか。普通に感謝しながら生きるだけで十分である。
少し士業の方々のプライドを傷つけてしまうような言い方かもなとは思いつつも、この程度で規制業務の質に影響があるならプロではない。免許なんて返上しろと言いたい。
もちろんプロの技術や言葉の使い方、患者思いの行動には尊敬し、感謝する。それは当たり前だ。ただし、医療業務だけが特別ではない。
特別だと勘違いしている人種に対しては、それは違うよと言うしかない。
たまたま、きょう現在のわたしにとっては、ゴミ収集作業員のサービスの方が価値が高い。ただ、一般的には高いとも低いとも言っていない。同じだと言っている。
医療従事者は患者の奴隷だとは思わない。患者様という呼び方もおちょくられているような気分になるのでやめてほしい。
みんな同じというところからでないと医療待遇改善の議論は始まらない。