令和5年度分確定申告:「医療費のお知らせ」は確定申告に使えるのか

健康保険組合から「医療費のお知らせ*1」という文書を受け取った。

「医療費のお知らせ」とは

裏面にはこのような説明書きがあった。

医療費控除の適用を受ける場合は、必要事項を記載した「医療費控除の明細書」を確定申告書に添付して所轄税務署に提出する必要があります。「医療費のお知らせ」を添付することにより、「医療費控除の明細書」の記載を簡略化することができます。

しかし、こうも書いてある。

※「医療費のお知らせ」には、令和4年10月分から令和5年8月分の医療費等が記載されています。
 記載されていない令和5年9月から12月分の医療費等については、医療機関等からの領収書等に基づき、ご自身で医療費控除の明細書を作成する必要があります。

  • 医療費等の「等」は、医療費の総額のうち、誰が支払ったかの内訳まで書いてあることを示すものであって、医療費以外の金額が書かれているわけではない*2
  • なぜ11か月分なのだろうか。令和4年9月はどうでもいいのだろうか。

「医療費控除の明細書の記載を簡略化できる」の裏返しは、「医療費控除の明細書を作成する必要があります」なのだろうか。
きちんと説明すれば、医療費控除をしたい人は、医療費控除の明細書を全員作成する必要はある。

  • 「医療費のお知らせ」を利用する場合は、医療費のお知らせに記載されている明細については、お知らせに書かれた合計額を書くだけでよく、自分で明細欄に書く必要がない。ただし、記載されていない明細は自分で書かなければならない。
  • 「医療費のお知らせ」を利用しない場合は、1年分の明細をすべて自分で書かなければならない。

わたしは自分で明細を作成する

医療費のお知らせを受け取ると、1年分の医療費が書かれているっぽく見えるので、明細を自分で書かなくても健康保険組合から送られてきた紙を確定申告書に添付し、お知らせに書かれている金額を転記だけすればよいように誤解する人もいるかもしれない。

ただし、それだけでは節税額が小さくなってしまう人が少なからずいる。

1. 医療費以外に控除できる支出を含めて控除したい場合

控除を受けるくらい医療に支出をしたのであれば、国税庁が控除を認めている支出は、医療費以外もできるだけ集めるべきである。
代表的なものには、通院に使った公共交通機関の運賃がある。
家の隣が病院であれば支出はないが、高度な医療を受けるために都会まで出かけました、有名な病院まで通いましたという人は少なからずいるだろう。
自家用車は認められず、タクシーはやむを得ない場合に限られるが、電車バスは問題なく申告できる。
当然、医療費ではないから医療費のお知らせに入っているはずがない。
自分で集計する必要がある。

2. 異なる健康保険組合に加入する分を控除したい場合

自分が加入する健康組合から送られてくる書類には、自分の健康保険に入れている家族の分は含まれるが、保険に入れていない家族の明細が含まれるはずがない。自分で明細を書かなければならない。
家族に複数の働き手がいれば、健康保険組合が異なることはよくあることである。
年の途中で転職をした場合、複数の健康保険にひとりで加入することはありうる。
数か月程度で回復する高額医療なんてありふれているし、転職後に大病することもあるので「転職は健康なときにするものだ」と思い込んでいたとしたら、それは違うと言いたい。
そもそも、扶養家族の病気や怪我が、転職のタイミングに重なるなど、いくらでも思いつく。
なお、国税庁のテンプレートでは、複数の健康保険組合から取得した「医療費のお知らせ」を記入するようには枠が作られていない。

3. 9月から12月の分も控除したい場合

8月までは合計額でよくて、9月からは明細が必要。
たまたま9月以降に診療を受けなかったのであれば問題ない。

少なくなるのは問題ないが、控除額が大きくなってしまう以下の場合は過少申告になってしまう

4. 精神科を利用した場合

個人情報保護の観点から、健康保険組合がわざわざ除外していただいているそうです。
精神科の明細を含めた「医療費のお知らせ」を発行してもらうことはできるそうですが、依頼書をインターネットでダウンロードして記入して封筒を買ってきて封入して切手を買ってきて貼ってポストに投函して返事を待つくらいなら自分で明細を書いた方が早いと思います。

5. 控除対象の前年の明細が含まれている場合

添付書類として医療費のお知らせを使うことはできるが、医療費のお知らせに記載されている金額はそのまま使えない。

  • (1) 医療費通知に記載された医療費の額 (自己負担額):医療費のお知らせを読んで、自分で電卓やスプレッドシートを使って計算しなければならない
  • (2) (1)のうちその年中に実際に支払った医療費の額:医療費のお知らせを読んで、自分で電卓やスプレッドシートを使って計算しなければならない

国税庁のテンプレートには「医療費通知には前年支払い分の医療費が記載されている場合がありますのでご注意ください」」と書いてあるが、「ご注意ください」では抽象的だよね。「その数字は使ってはいけません」とはっきり言ってほしいものだ。

6. 高額医療費制度などを利用した場合

  • (3) (2)のうち生命保険や社会保険(高額療養費など)など*3で補てんされる金額:医療費のお知らせではわからないので、自分で領収した明細を管理して書かなければならない

図にすると次のようになる。

この図の正確性は専門家が検証しているものではないが、医療費のお知らせによって作業が軽くなる範囲が限定的だということだけでもわかれば十分である。
明細を自分で記入(紙で申請しない場合は入力)しなくていい箇所があるが、それ以外の箇所が存在する場合は合計金額をなんらか計算する必要がある。
合計金額の計算にあたっては、電卓やそろばんの検定でも持っていれば別だけれど、パソコンのスプレッドシートに打っておけば後で見返すことができるので便利である。
見返すときには、数字だけを書くのではなく、結局のところ、◯月◯日に、誰が診療を受けたか、その際の支払額と控除額を全部入力しておいた方が便利である。

筆者個人も上記の条件のうち、複数に該当してしまう。特に9月の壁は、領収書の管理がわけわからなくなる。それなら1月から12月まで全部、国税庁が提供するExcelファイルに入力した方がすっきりするので、結局のところ「医療費のお知らせ」は使わずじまいである。年明けになっていつ届くかわからない「医療費のお知らせ」を待たなくても年末年始に書類作成ができる。

国民全員がExcelにならざるを得ないと言っているわけではない。

春頃、近所のクリニックで大きな手術をしました。健康保険を使ったのに窓口支払いが10万円を超えましたが、高所得なので高額医療費制度の利用はありませんでした。あとは何もありません。

っていうなら医療費のお知らせを添付して出すだけではあるが、よほど条件がそろった場合に限られるだろう。

春頃、近所のクリニックで花粉症の薬だけ処方してもらいました。あとは何もありません。

だと、そもそも医療費控除の対象ではない。これくらいだと、処方箋を得ずに自分で薬局で買った薬の方が高くつくかもしれない。もしそうであれば、セルフメディケーション税制を活用すべきである。セルフメディケーション税制は、相変わらず領収書を集めて計算して提出する必要がある。

「医療費のお知らせ」がなぜ使えないのか

医療費のお知らせに添付された資料に、以下の記述がある

Q: 9月から12月に受診した医療費が医療費のお知らせに記載されていないのはなぜですか
A: 医療費のお知らせの作成には、医療機関等から医療保険者等に送られてくる診療報酬明細書(以下、「レセプト」といいます。)が必要となりますが、医療機関等で受診した月から医療保険者等にレセプトが届くまでに少なくとも3か月の時間を要します。2月の確定申告時期までに確実に医療費のお知らせをお届けする必要があることから、8月分までの記載としております。

確定申告で医療費のお知らせが使えるようになった。だから、保険者としては医療費のお知らせを発行し確定申告の時期に間に合わせるという義務は果たす。ただし、その書類が有用かどうかは関知しないとおっしゃっている。

これでいいのか

マイナンバーによって電子レセプトが普及し、さらに情報連携が改善すれば3か月もかからなくて済むはずであるが、河野大臣が保険証を廃止すると言ってもマスコミと野党の批判は止まない。
ただ、批判がなくなったところで、12月の明細を2月までに記載するのは難しいかもしれない。

最後に、医療費のお知らせには、こうも記されていた。

健康保険で診療を受けられたご加入者の皆様に、健康保険に対する関心を高めていただくことを目的とし、医療費のお知らせを発行しています。

納税のためではないのか。

本医療費のお知らせは、医療費の控除の申告手続きで医療費の明細として使用することができます。

「できます」は、「使うと便利です」「ぜひお使いください」とは違う。税務署が受け取ってくれますと言っているにすぎない。

医療費控除等の申告に関する事項は、税務署へお問い合わせください。

こっちに尋ねるなと最初から予防線を張っている。

*1:医療保険者等が発行する医療費の額等を通知する書類」が厳密な名前のようだ

*2:国税庁の提供する「医療費控除の明細書」のテンプレートを見ると「医療費の額等」となっている。「医療費等」ではなく「医療費の額等」と記載するべきである

*3:などが2回続くが、原文の通り