一次情報の軽視

2014年9月13日、久しぶりに朝日新聞全体を読んだ。12日朝刊の記事取り消しの翌日、特に投書欄がどうなっているか興味があった。
その投書欄は、どれもおわびの件に関する意見だった。ここまで一色にしなくてもいいのにと思った程度で、良くも悪くもおもしろくなかった。一面には、海外に外国語で配信したことを報告するかのような記事もあった。
社説と天声人語では、記事に基づいて書いてしまったと説明されていた。社を代表する意見が、一次情報を見ずに生み出されているのだという。むしろこちらの方がびっくりした。お詫び会見をした以降もなお話題が尽きない。
どの業界でも、大企業の幹部は部下が集めてきた情報を使って意思決定をするが、この会社の幹部には単なる管理職や経営者ではなくてプロフェッショナルの記者が含まれているはずである。取材ソースに興味はないのかと思わずにはいられない。取材ソースが特殊分野の話題で、専門知識がないと読めないということであれば同情するが、吉田調書は日本語の会話をそのまま書き起こしたもので、原子力技術者同士の議論ではない。毎日現場に出て取材していたらドラマHEROの木村拓哉のようになってしまって業務が回らなくなるが、社運をかけた論説をするときですら部下が書いた記事を題材にして世界に記事をばらまいてしまうようである。
社外に情報発信するとき、普通の会社の幹部であれば、重要な案件については顧客や株主から自分に質問がきたときの回答を用意しておくものだし、配下の組織がきちんと回っていることを確認するためにも、素データについて関心を持つものだ。こういうことに気が回らないと言うことは、新聞の論説委員は言いっ放しが通用するということである。これを改善できなければ、今後、全国紙は東スポと同じという扱いになる。
先行入手した吉田調書の全部または一部を読んではいるけれど、社内の空気によって、意見の押しつけや思い込みが発生し、「2F*1撤退」などの社論が形成されていったと想像していたが、誤解だった。13日朝刊の投書にもあるように、たぶん氷山の一角なのだろう。今回は国と国民が犠牲者なのだが、これまで社内伝言ゲームで何人の報道被害者がいたのだろうかと思うと恐ろしくなる。

左翼の巻き返しはあるか

これまでのわたしの位置づけでは、朝日新聞赤旗の左にくる最左翼だったが、それは誤った認識であり、左でもリベラルでもない単なる売国か放火勢力であった(もしかしたら今日からは違うかもしれないが)。外国紙の報道では、右翼によるリベラルたたきという扱いのようだが、それは正確ではなく、朝日の立ち位置を右とか左といった軸で整理できるものではなかった。他紙や週刊誌は、新聞のふりをした広告媒体に対して「あなたたちのやっていることは報道ではありません」と指摘しているだけだから、それを右翼扱いする外国紙は訂正してもらいたい。
さて、リベラルのみなさんにとっては、自分たちの言説をめちゃくちゃにされてしまったわけだが、今後どのような巻き返しを図るのか少し楽しみにしている。外国のみなさんが怒っていますよというところから再開すると予想する。「新証拠発見!」は捏造が続いた今日ではなかなか難しいと思う。