家電量販店に行ってみた

無断キャンセル事件の衝撃

 2022年6月、大手PCメーカーが客の注文を無断キャンセルした。インターネット上の店で割引率の設定を間違えたということで、規約上も許されるとメーカーは主張している。わたしはとても驚いた。
 普通の店に置き換えるとこういうことだ。「大幅値下げですよ」と客寄せし、客が購入の意思を示して名前も住所も決済手段も明かして手続きを終え、店を出た後で「すみません、間違えました、キャンセルです、テヘペロ」という感じである。ネットの場合は商品の受け渡しが完了していないので店側が勝手に取り消しやすい仕組みにはなっているものの、店と個人客の取引の場合は、店には解約の権利が事実上なく、客には返品の権利があるというのが商慣習だった。この慣習が無視された。
 今年は自治体が給付金総額をひとりに振り込むミスなど、コンピューター上での誤操作がもたらす事件が騒ぎになった。類似の事件は証券会社などで過去にもあった。給付金は契約ではないので返還しなければ警察に捕まって当然なのだが、ちゃっかり利益を得てしまったこと自体が「なんだか」悪いかのような風潮が広まったかもしれない。ただ、悪いのは最初に間違えた方である。客は店が間違えたと知っていたかどうかはともかく、店が示した正当な方法で購入意思を示したのである。不正アクセスや詐欺ではないし、暴力に訴えたわけではない。
 誤った値段で大量に売りさばいてしまうとメーカーは大損をするかもしれないが、ここで客を裏切ったら日本での商取引において重要な「信用」を失いかねない。しかし、このメーカーは外資系。この文化を本社に説明することができない。そもそも大企業は四半期決算だし、今年大きな穴を開けたらとりあえず周りにいる具体的な誰かは責任を取らされるとなると、ネットの向こうにいる客よりは自分たちの組織を考えたというのが今回の結果である。
 信用は目に見えないけれど、このメーカーは来季以降、大幅値引きや特別クーポンを発行しても「どうせいキャンセルするんでしょ。こちらはあんたたちの客寄せに付き合うつもりはないから」と思われてしまう。本気でそうは思わなくてもクーポンを見ただけでこの事件を思い出してしまう。このメーカーは割引というマーケティング手段を封印しなければならないかもしれない。

ポイント神話の崩壊

 同じようなことを老舗旅館や老舗百貨店、元政府出資企業がやったら致命的だっただろうが、救いなのはネットのオンラインショップだったということである。実はもはやオンラインショップは半ば信頼されていない。半ば信頼されていないものがさらに信頼を下げた、というだけにすぎない。
 今回のキャンセル騒動とは全く関係ないが、アマゾン、楽天、ヤフーショッピングの電子商取引大手が競争している。
 アマゾンはリコメンドとレビュー欄、楽天はポイントを武器に成長し、ヤフーは後発として両方を取り込もうとしている。ところがもはやリコメンドもレビューもポイントも信頼されていない。
 リコメンドは一度ついたものを消しにくい。特にアマゾンのkindle。恥ずかしくて人に見せられない。後ろから覗かれでもしたら嫌なので、アマゾンはみんなで楽しく買い物をするサイトではなくこっそり一人で見るものになっている。
 レビュー欄は、レビュー欄を書いてくれたら購入者にプレゼントを出す店が現れ、また、あるサイトではサクラの介入が激しい。偏見で申し訳ないが中国企業の商品はリコメンドがたくさんついている時点で、その内容がほめていようがけなしていようが、どちらについても手を出さないのが無難である。
 ポイントは楽天経済圏が徐々に改悪を進めていることで有名。また、ヤフーもそうだが「最大○倍」「最大○%引き」は実際に受け取れる割引との乖離が激しい。あるサイトでは商品説明の画面で26%引きだという。最大から1割弱低いものの、納得して購入を決めたのに、決済画面に来て実際に表示された付与予定ポイント数を計算してみると26%にも遥かに及ばないことがある。割引条件が細かく定められている個々の割引の最大適用時の合計が商品選択中に表示されるのであって、決済画面では実際に適用される率の積み重ねになるので誤差が生じる。
 細かい条件を全部読めばわかるのだが全部理解して納得するには小一時間かかる。すると、納得するのが面倒になるので、商品者には「実際の還元額は広告よりも遥かに少ない」という印象だけが残る。消費者は買い物がしたいのであってポイント制度の中身を知りたいのではないのだから、そう考えるのは合理的である。すると、加盟店に無理やり原資を出させて繰り広げているポイント制度は何のためにあるのかという話になる。
 オンラインショップは、店舗の進化系で、将来的には家も車も全部ネットで買えるというのがあるべき姿だったのではないか。ところが、厳しい幻滅期を迎えているように思える。
 新しいネットビジネスができても、初期のサービスは信頼できないという考えが定着すると、新しいビジネスをしようとする人にとっては不利だし、日本でイノベーションが進まなくなる。ネットビジネスの先進企業は、後続のネットビジネス企業の命運を握るという社会的使命を持っていることを認識してほしい。

冷蔵庫が壊れそう

 さて、我が家の家電は、オンラインショップが今ほど普及していなかった頃に買い揃えたものであるが、そろそろ寿命を迎えつつある。そして、冷蔵庫の調子が悪くなってきた。
 電子レンジは通販でもいいし、テレビもぎりぎりいけるかなと思う。しかし、冷蔵庫はどうか。
 オンラインショッピングサイトの試練は近年、新たな試練を迎えている。
 半導体不足、上海ロックダウン、そしてウクライナ戦争。各店の在庫は不足しているし、発注してもなかなか入荷しない状態である。
 ところがオンラインショップでは、具体的な状況がわからない。お取り寄せと書いているサイトはまだ正直。入荷の可能性が変わっても、あるいはわからなくても、近日入荷、2-3日で配送などの表示をそのままにしているサイトが実に多い。
 電子レンジやテレビは1週間遅れても待てるかな、と思う。ところが冷蔵庫は待てない。冷凍食品が溶けてしまう。
 そんな中で前述の無断キャンセル事件である。1週間で入荷の文字を信じて発注した後、半月経って無限キャンセルなんてされでもしたら、怒りをどこにぶつけていいかわからない。店員には我々の悔しさが伝わらないし、コールセンターは繋がらない。よって日常必需品は確実に在庫がある商品を選ぶ必要がある。
 冷蔵庫ではなくエアコンだったらどうか。通販でもエアコンを売っているが、誰が家に来るのかわからないのは少し不安である。通販会社の委託の委託の代理くらいの人が家に来て「いやあ、実は追加工事がこれとこれとこれ。工事費は倍です」と言われたら通販会社に「全部込って言っていたじゃないか。約束と違う」と言いたくなる。「標準工事費以外は含まれていません。説明にあったはずです」と冷たくあしらわれることも容易に予想されるので、顔が見える人から買いたいと思うかもしれない。
 

リアルとオンラインの再逆転現象

 ネット時代においては、リアル店舗で商品を触ったり、他の商品との比較をしたあとで、安くて品揃え豊富なオンラインサイトで購入するという流れができつつあった。在庫が不足する時代においてはこれが逆転する。
 今回はひたすらネットで在庫を確認した。申し訳ないが楽天ヤフーは見向きもしない。kakaku.comでぎりぎりですかね。在庫表示を信用できないからである。アマゾンはマーケットプレイスだと他のオンラインショップと同じ。直販であれば在庫数は正確かもしれないが、全国に倉庫を持つようになってから大型商品は納期が読めない。書籍や小物を運ぶデリバリープロバイダー*1は来ないと思うが、個人的に大型商品を発注した経験に乏しいので躊躇してしまう。カメラ系量販店なら全国のどの店舗に在庫があるかまでリアルタイムで確認できる。これを見るとヤフーで「お取り寄せ」になっている中身が具体的につかめる。在庫はあっても遠距離にしかないものは避ける。
 その上で、居住地に本拠地が近い家電量販店のサイトを見る。関西ならあそこ、関東ならあそことか。そして「即納」の文字を発見。それを見て家を出発。

 家電量販店に行く。

家電量販店の戦略

 今年2022年は電力不足がささやかれているが、そもそも電気料金が高くなっている。家電量販店では実演展示が流行しているのだが、今回訪れた店では、電気がついていたのはテレビと扇風機くらいであり、調理家電や洗濯機、そして冷蔵庫は電源コードが抜かれていた。過剰な照明や音響を先に抑えたらどうかと思うのだが、長年染み付いた商慣習はすぐに直せず、新たに始めた方からやめてしまう。ただ、ネットに対抗するなら、展示のテレビを全部消してでも実演販売の方を残すべきではないかと思った。
 もう在庫は調べてから来ているので間違いないと思うが、念のためにそばにいた販売員に確認し、「これ買います」と告げる。迷いとか値下げ交渉とかは最小限。
 在庫を調べるくらいだから性能や寸法はすでに調査済。「下見は必要ですか」と聞かれても「今の冷蔵庫と同じ寸法だから、これで搬入できないならおかしい」と答えておしまい。消費者から見た販売員の価値は下がっている。
 ただ、店にとっては販売員は必要。ネットの価格に合わせて値下げした分を取り戻さなければならない。販売員は延長保証の話をする。延長保証と家財保険をダブルでつけると半分以上ポイントで還元するという提案をしてきた。そういう手口があるのね、と関心しつつ、ポイント制度の新たな活用方法を知った。最大○%と謳いながら実際には半分を還元しないオンラインサイトに比べ、これに入ったらその額以上のポイントをつけると言ってくる。当初から厳しい値下げを要求してくる客には最初からポイント錬金術を提案するのだろう。
 さらには多重取りである。dポイントのカードを出したら、冷蔵庫なのでそこそこポイントをつけてくれる。店のポイントもつくし、クレジットカードのポイントもつくので、合計は1万円を軽く超えている。在庫が少ない状態ではネットでも大幅な値引きはしてこないので、これだと家電量販店の方が得になる場合も出てくるかもしれない。
 ただ、大型家電は損得で決める時代ではない。インフレなので過去の価格情報は意味がない。そして、○○店の○○さんが在庫があると断言した事実が重要である。「この機種はようやく入荷したんですよ、今日来ていただいて良かったですよ」という発言が真実かどうかはさておき、ブラウザに表示される「即納」よりは信頼度が高く、安心できる。

このまま復権するか

 買い物を終えた後、店内をふらふらしていた。結果として追加で買うものはなかったが、ふと冷蔵庫売り場を見たらさっきの店員が別の接客をしている。こちらのことは見向きもしない。客は二桁万円のお金を店に落とした上客だと自負している。店員は数千円のもうけになった人だくらいにしか思っていない。この認識の差は大きく、そして悲しい。
 ネットの登場で、客は浮気性になり、長い付き合いではなくその場のインパクト勝負だということが店員にも身にしみている。ただ、この半導体不足、在庫不足、インフレの時代にあって、今一度、客を大事にしたほうがいいのではないかと思う。ポイントをまいたから少なくてもあと1回は来てくれるよという程度では繋ぎ止めにならない。わたしと違って、一般の消費者はポイントをもらったことはすぐに忘れる。
 客もまた、壊れたら買い換えればいいやという時代ではない。ものは入らないし購買力も落ちているから、保証を求めたり修理を依頼したりすることも出てくるだろう。買った店のことを大事にしたほうがいいと思う。故障のときにクレームしやすくする上でも延長保証くらいは入ってもいいのではないか。

*1:都会では軽ワゴンダンボール箱を200個くらい詰めて走り回っている業者さん