お店も休む時代

 全国に店舗網を持つある飲食店が全店一斉閉店するという報道を目にして、わたしは一斉閉店はすなわち倒産するのかと勘違いしました。しかしよくよく考えてみると、以前は多くの店で定休日があるのが当たり前だったことを思い出し、昼も閉店するから倒産というのは単なる思い込みだと気が付きました。たまたま全員を店から連れ出して研修などにあてるという意味だと再認識しました。かつては元日に休むかどうかだけでニュースになっていましたが、三が日を過ぎても休む個人商店はよく見かけましたし、盆暮れ正月以外にも休む店が出てきました。

 

 報道からしばらく経ったきょうのことですが、たまにはあの店に行ってみようと思って行くと店の電気が消えていました。深夜でもないのに暗いのを見て、最初は停電だと思ったのです。停電という感覚も数年前までは想像が難しくて、大災害と計画停電を経て「電気が供給されるのは当たり前ではない」とようやく理解したのですが、よく見ていると防犯のために少し点灯していたので、停電ではなさそうです。しばらく考えてようやく先日の一斉閉店の報道のことを思い出したのでした。ああ、今日が閉店日だったのか、と。

 

 しばらく歩いて別の店を探し始めたところ、今度は全館閉店のビルに出くわしました。前述の全店は各地の系列店が同時に休むということであり、今度は店がたくさんあるのですがビルに入居する店がすべて閉まっていました。そもそも玄関が空いていませんでした。電力設備の法定点検か何かでしょうか。あるいは近くで行われている工事の影響でしょうか。一斉閉鎖は事業所などでは休日深夜に行うものなのですが、ここでは終日閉鎖されていました。

 休むのは結構です。ただし、長年のデフレ体質が体に染付く中で、定休日なし、24時間営業が当たり前になっていました。普段使いの店が、自分の行動時間帯に閉店するということが想像することができなくなっています。時代の流れとして受け止めて、思い出さなけれなりません。

 

 オフィスビルに入居するコンビニエンスストアが、週末休業だったりすることがあります。駅構内であれば、初電から終電までの間しか営業していません。大手チェーンであれば24時間営業が当たり前と思われがちですが、金曜の夕方に行くと生鮮品の棚が空っぽであることに驚くことがあります。今後はこれが当たり前の風景になることを予感します。

 コンビニエンスストアは狭い地域に同じブランドの店が複数出店されていることがあります。ドミナント戦略と呼ばれるものですが、近所に同じブランドの店があるのであれば、24時間営業どころか定休日があってもいいのではないかと思います。

 ハンバーガーチェーンも、牛丼チェーンも、ライバルが近所に出店していたら曜日をずらして休んでみてもいいのではないでしょうか。1分でも長く開店することよりも、従業員が働きやすい店にして離職率を下げる方が中期的には生き残る可能性が高いと思います。

 

 休むことには異議はないのですが、消費者としての我々には慣れが必要です。思い起こせば、かつて理髪店は月曜定休だった。美容院は火曜定休だった。開業医は水曜や木曜あたりの定休が多かったかもしれない。しかし、定休日について思い出せたのはここまでです。近所のスーパーが休むとしたら何曜日なのか、焼肉店であればどうなのかなど、想像することができません。ここにあげた定休日も最近は法則が崩壊していて、日曜開業の開業医も少なくありません。定休日が設けられるのであればひとつひとつ覚え直さなければなりません。

 

 世の中が便利になって、覚えなくてもよくなったものはたくさんあります。携帯電話の登場で、友人の電話番号を暗記する習慣がなくなりました。もしかしたら自分の電話番号もわからないかもしれません。ICカード乗車券とオートチャージサービスがあれば、都会では公共交通機関の運賃がいくらか気にする必要がなくなります。家計簿をつけるなら、家計簿ソフトに任せておけば勝手に家計簿をつけてくれます。回数券を買うなど、若干工夫の余地がありますが、金額を知るという行為は支払いが必要だったために必要だったことで、支払いが自動であれば他に得することはないのです。いざというときには現金でないときっぷは買えないかも?  以前自動改札のシステムに大規模障害があったとき、改札口フルオープンでした。停電時はそもそも電車は動かないので心配しても仕方がありません。

 電話をかけるときに、公衆電話に入れる十円玉が何枚必要かを考えることはなくなりました。こまごましたことをひとつひとつ覚えることが面倒になっていきます。少し封筒が重たい郵便を出すとき、切手を何円貼るかを考える時間があったら、郵便局の窓口に出します。まもなく郵便局でもキャッシュレスが始まるそうで、スマートフォンをかざせば現金を出す必要がありません。すると、はがきが何円かも思い出せなくなるでしょう。

 情報過多の時代と言われていますが、わたしたちはどんどん忘れようとしています。

 そんな中でいったん気にしなくなったことを意識的に覚えていくのは大変です。

 ただ、あまり心配はしていません。たぶん、何らかのサービスやアプリが出てくるのだと思います。

 さて、商業ビルの全館閉店で、近所の飲食店はいつも以上に混んでいたように見えました。定休日は周辺の競合にとっては客を振り向かせる機会となり、惰性で毎日営業するよりはメリハリが出るでしょう。単に休暇が取れる以外の社会的影響があると思います。