戦わない学者

 2020年10月17日のTBS報道特集
 日本学術会議で任命見送りがあった件で、報道特集は杉田官房副長官の暗躍を取り上げ、戦前の滝川事件を紹介する。
 政府批判一辺倒で締めくくるのかと思いきや、スタジオでは批判の矛先を学者に向ける。
 明治憲法下では憲法に学問の自由が謳われていなかったにも関わらず、政府の権力濫用に抗議して多くの教授が辞職したという。一方で今回の件で学者たちは官邸に会いに行ったが見送りの理由を聞かずに帰ってきてしまったと論説した。
 ああ、そこに持っていくのかと感心してしまった。政府批判一辺倒は良くない、皮肉程度にしておこうという深層心理が透けて気持ち悪い。
 任官しなかったことと休職を命じたことが同じとは思えないが、一歩譲ってそうだったとしても、政府が研究や主張をやめさせたわけではないので学問の自由でひと括りにするのは無理があると考える。
 理系の基礎研究にきちんとお金を付けないことの方がよほど学問の自由を侵害していると思う。学問の自由を政府批判の道具にするのではなく、日本における学問振興のために何が必要かを考える方が建設的である。
 今回の任命見送りは、学問を止めて、あがりのポジションを目指す人の年金支払いを止めたわけだから、政府は「多少歳を取ったからと言って、安易に権威サロンに入るのではなく、現役のまま学問を続けなさい」と言っているようなもので、むしろ学問の奨励なのではないかと思う。
 かつてプロ野球Jリーグのトップ選手が年俸1億の大台にこだわったときのように、トップが高級取りにならないと並の人たちも給料が上がらないという論理もあることは理解している。ただし、プロのトップ選手は技術があるし、観客も集める。日本学術会議の特別国家公務員の方々は何をしてくれるんでしたっけ、というところが疑問である。