稼働率

福島第一原子力発電所の汚染水浄化システムについて、稼働率に関する報道が流されている。
稼働率」という言葉には、

  • 生産設備の活用状況のよさを計る指標
  • システムの非計画停止の少なさを計る指標

という2つの使い方がある。前者は生産量で計り、後者は時間で計る。100%から稼働率を引いた非稼働部分は、前者は「遊休中」「点検中」「減産中」などいろいろな理由が考えられる。後者は「故障中」あるいは「障害」となる。遊休・点検を含めず、フル生産中か生産調整中かは稼働時間の計算には影響しない。どちらの意味で使っているのかを示さずに新聞が稼働率が低い、上がるなどと報じているメディアが多い。記者がどういう意味で使っているのかわからないものもある。Webサイトからいくつか拾ってみる。
2011年7月6日NHKニュース「浄化設備の稼働率 目標下回る」

システムの柱となる汚染水の浄化設備では、処理能力に対して実際に処理した量の割合を示す「稼働率」が当初55%と低迷し、東京電力は、5日までの1週間で80%に引き上げる計画を示していました。

当初は上記のようにきちんと説明しているところもあった。この場合の稼働率は活用状況の指標として用いられている。
2011年7月6日NHKニュース「汚染水処理量 想定を下回る」

東京電力によりますと、浄化設備が1時間に処理できる汚染水の量は最大で43トンと、当初想定していた50トンを14%下回っていることが分かりました。
これに伴って、汚染水を処理できる能力に対する実際の処理量を表した設備の「稼働率」も想定を下回り、5日までの1週間では、目標を4ポイント下回る76%にとどまりました。

さて、読売新聞は稼働率をどう理解しているのか。
2011年7月20日読売新聞「福島第一の処理システム稼働率53%…原因不明」

東京電力20日福島第一原子力発電所の汚染水処理システムの稼働率(19日までの1週間)がこれまでで最低の53%だったと発表した。
東電は7月の目標稼働率を当初、80%としていた。
稼働率は、ほぼ1週間ごとに算出。稼働率が低迷しているは、システムに流せる汚染水量が毎時37立方メートルと定格流量(毎時50立方メートル)を大幅に下回っていることや、トラブルで停止したことが理由。流量がこのままでは、トラブルなしで連続運転できても稼働率は74%にしかならず、東電は今後の処理目標の見直しもあるとしている。

トラブルなし=連続運転ということなのか? トラブルなし and 無理して連続運転ということなのか? どちらにしても37÷50=0.74で勝手に無停止時の稼働率を求めてしまっているところが滑稽である。「流せる」と可能動詞で書かれているように、この記事における37立方メートルは最大値である*1。連続運転が常に最大出力でできるとは東京電力も言っていない。なにしろ目標稼働率は当初から80%なのだから。また、循環冷却システムは複数のプラントから構成され、全長は4kmにも及ぶ。ある設備が故障率50%だったとしても、計画流量*2の2倍の処理能力を用いて作業して故障に備えて作りだめしておけば計画流量を達成することができる。つまり、トラブルがあるかどうかは稼働率に比例しない。
もっとひどいのは共同通信
2011年8月19日共同通信原発汚染水処理、ホースを交換 東電、能力2倍狙う」

東京電力は19日、福島第1原発の汚染水浄化システムの稼働率を2倍に高めるため、新たに導入した浄化装置「サリー」を独立して運転させる準備を進めた。(以下略)

読売新聞の報道では最低記録が53%だが、これでも2倍にしたら稼働率は106%になってしまう。この記者は稼働率の意味を「単位時間あたりの処理量」と勘違いしていないか。後段では

18日に稼働を始めたサリーは、米国とフランスの技術を用いた既設の二つの浄化装置に直列につながった状態。東電は今後、二つの装置と並列した状態でサリーを動かす計画で、処理能力を現在の毎時45トンから95トンに倍増できるとみている。

見出しとこの段落から、やはり稼働率ではなく処理能力が2倍ということがわかる。稼働率=実際処理量÷総処理能力と定義するとき、浄化装置部分の処理能力が2倍になるとして、稼働率が2倍とは限らない。なぜなら浄化装置だけの処理能力が45トンから95トンになっても、浄化装置に水を送る能力が95トンになるとは限らないからである。このシステムは全長4kmもある。部分的にホースを二重にしているようだが、今まで毎時45トンしか送水していなかったシステムが毎時95トンで送水できると誰も保証していない。
小学校の理科で、豆電球と乾電池の直列つなぎ、並列つなぎの勉強をする。このときの電流が稼働率に相当する。記者のみなさんは理科の教科書を復習すべきである。サリーの部分は直列つなぎを並列つなぎにしたが、他の部分は直列のままである。果たして電流が2倍になるのだろうか。浄化装置部分は最大の負荷*3だろうから、他の直列部分を無視できれば理論上は2倍になる。しかし、もともと目詰まりが多かったから稼働率が下がっていたわけで、2倍になるとは想定しにくい。
こんな報道機関がでんき予報を報道している。パーセンテージの意味を理解した上で報道しているのだろうか。

分母の説明をせよ

汚染水処理も、電力会社管内の供給も、分母の説明をきちんとしていない。汚染水処理は注目を集めていないが、供給量については「東電が意図的に変えている」「原子力発電所の必要性を消費者にイメージさせるためだ」と皮肉されている。
そのためか、東京電力は供給量が毎日変わる理由をWebサイトで説明するようになった。
http://www.tepco.co.jp/forecast/html/kaisetsu-j.html
このページはよくできている。発電方式ごとに複雑な要素が重なり合って計画供給量が決まっていることがわかる。
稼働率も同様である。目標値である80%、90%がどのように定められているのか説明していただけるとありがたい。

稼働率の使い方は適切か

冒頭で、稼働率に2種類あることを説明した。活用状況の指標と非計画停止の指標である。
報道によれば、東京電力は活用状況を高めようとしている。当初の稼働率目標は80%で、90%にしたいとしている。しかし活用度を上げるのは、投資の効率化が目的となっているときの対策である。
例えば携帯電話基地局稼働率を上げたければ人口カバー率を下げる。いっそのこと新宿駅前に5回線くらいにしておけばいい。回線は数千万ユーザーで奪い合いとなり24時間フル稼働である。効率という意味では非常によい。
しかしこれでいいはずがない。情報通信は公共性の高い事業である。いつでも使えなければならないし、故障に備えてバックアップも必要である。そういうことであればピーク時にだって予備の設備が必要かもしれないし、ピークではないときはさらに稼働率が下がる。つまり、重要なシステムは活用度が下がるのである。その代わり、非計画停止以外の時間は100%に近づく。稼働率定義1は下がり、定義2は上がるということだ。
銀行や証券取引所のシステムなど、重要なコンピューターシステムは、二重化どころか三重化以上されている。多くの系統でピーク時に耐えられるように作られているから、常に100%の処理能力を発揮しているわけではない。活用状況の観点では3分の1にも届いていないが、非計画停止は極限まで減らすことを目指している。ATMが1日止まると大騒ぎになるが、365日連続稼働だと仮定したときにシステムが1日止まると稼働率は約99.7%である。汚染水処理システムはコンピューターシステムほど非計画停止を意識する必要はないが、本来計画した性能に一瞬でも届かない状況がしばらく続いたというのは厳しい。
稼働率を正しく理解しないマスコミもいけないが、実は

もっといけないのは処理進捗の指標を「稼働率」という名称で発表してしまった広報担当者である。

水の浄化を毎時50トンで計画するしたなら、採算度外視で最初からサリーを並列つなぎにするように設計しなければいけないのである。とても高いようだが福島の環境を守るためには3台くらい並列してもいいくらいである。技術が安定しないのだから、分子だけ上げて効率を求めても仕方がないのである。両方同時に上げる努力をすべきだし、実際に現場はサリーの並列つなぎによって実践している。これによって工程表通りに汚染水処理が進むようになる。
稼働率は、分母の処理能力量を必要以上に上げることで、下がってもいい。重要なのは稼働率ではなく、実際処理量の方である。稼働率を目標にしているなら大間違いである。未だに経済効率だけを追い求めているのかと糾弾されても仕方がない。

*1:37〜39トン程度という報道もある

*2:定格ではなく計画。誤植ではない

*3:電気回路にたとえれば電気抵抗、豆電球部分