東京電力公式発表の分析

原発への賛成反対は関係なく、あくまで日本語研究の題材として次のTwitterを引用する。

"TEPCO_Nuclear: ■福島第一原子力発電所における台風6号の影響(7/21 17:20):波高が高いこともあり、メガフロートへの水移送を中断しています。現状、特段の問題等は確認されていませんが、引き続き台風の動きに注視しパトロール等監視を行ってまいります。" --http://twitter.com/TEPCO_Nuclear/status/939954293

報告文は3つの要素で構成されている。

  1. 現象の報告
  2. 不安の打ち消し
  3. 今後行う対応

現象の報告はいい。
不安の打ち消しは国民には価値がなく、むしろ不安にさせるだけである。東京電力にとっては批判を抑えるために重要かもしれないが、読み手のために発信しているのだとすれば、128文字しか入らないのに余計な情報は不要である。
今後行う対応はオプションで、今行っている対応を書くべきである。未来の願望を語る前に、すでに行動が目に見える形になっていることを示すことが重要である。「やろうと思っています」でもなく、行動を起こしていることを明示したい。一見、今やっていることを書いてあるようにも見えるが、残念ながらこの文体ではそうなっていない。そのような文体にしたのは意図的なのかはわからない。詳細は追って解説する。

個別の言い回しを解説

「特段の問題がない」ならば根拠を示さなければならないし、問題ないなら報告に値しないと言われかねない。題名が台風6号の「影響」なのだから、何らかのマイナス要因なのだと思うが、確認されていないと言いっぱなしで終わっているところが願望にすぎない印象を読み手に与えている。
「波高が高いことあり」としているが、これは波高が副因であることを示している。ここで読み手は、台風による強風が主因だと素直に読み取ればいいのだろうか。違う原因を隠しているようにも受け取られかねない。揚げ足をとられる文書であってはならない。「も」は典型的な蛇足表現である。
「台風の動きに注視し」は、何も語っていない。風速が強くなったら対応が変わるならのだろうか。実際には台風ではなくて発電所建屋で何か起こった時点でしか対応できないのではないか。近年の財務大臣コメントの「為替相場の動きを注視する」が口先介入を意味するのと同じで、役所用語では「何もしない」という意味だ。プレスリリースで何もしないと言いきってどうする。
「行ってまいります」は「おこなっていく*1」の謙譲語である。時制があいまいな日本語では未来形でも使う用法である。役所用語では「おこなう方向で対応します」となる。つまり「おこないたい」という意思を示して相手に配慮しつつ、結果責任を回避するための表現である*2。つまり、プレスリリースでは禁句である。「引き続き」と合わせて使われているから現在進行形だというのは誤解である。現在進行形は英語の授業では習うが、日本語の用法ではない。「〜していく」は実際の行為が進行中かどうかは関係ない。今日は最後のスペースシャトルが帰還したが、ロケットの場合は発射台から浮いていなくても点火した状態で「宇宙に向けて飛んでいきます」と言ってよい。つまり宇宙に到達という完了状態に向けて着手をしていれば実際に飛んでいなくても「飛んでいきます」なのである。「飛んでいきます」は「今飛んでいます」とは違う。

この電車は当駅を出ますと、名古屋、京都、終点新大阪の順に停車してまいります。

無生物主語なので「停車していきます」か「停車します」くらいがいいと常日頃思っているが、それはさておき、この構内放送を聞いて停車のための減速中だと思う人がいるだろうか。「出ますと」という前提条件がついているから、「まいります」は未来の状態を示すだと解釈するのは間違っている。その説が正しかったら、発車した瞬間から前提条件が満たされ、次の駅までブレーキがかかり続けることになる。実際は当駅と言っているのだから、手前の駅に止まっていて走行中ですらない。「してまいります」の「まいります(していく)」は新大阪という完了状態に向けて営業中だということを示している*3。もし、大雨で運転を見合わせていたら「停車してまいります」という放送はありえない。そしてもちろん進行形"be stopping"ではない。未来でも進行でもない。
少し説明がくどかったが「おこなってまいります」は実際におこなっているかを説明していない。着想が過去であれば「引き続き」を伴ってかまわない。つまり「3月からやりたいと思っていた」ならば「引き続き〜おこなってまいります」となる。実際はパトロールくらいはしているのだろうから、やっていないように誤解される言い回しでは、

防護服を着て奮闘している現場作業者の苦労を正しく伝えられない。

改善策

悪いことの報告は次のような構成がいい。

  1. 現象の報告
  2. 起こりうる影響と評価
  3. すでに行った対応 (もし終わっていなければ、すでに行っている対応)

同じ内容でも印象が変わる。

"■福島第一原子力発電所における台風6号の影響(7/21 17:20):現地では暴風雨と高波が続いています。メガフロートへの汚染水移送を停止しましたが**までに再開すれば汚染水が漏れるおそれはありません。現在、パトロール等監視を行っています。"

すでに行った対応については、努めて過去形にするがいい。そば屋の出前へのクレームに対して「もうすぐ着きます」は英語で言うところのapproachを意味するのではなく、着く前のどこかの段階であることを示しているに過ぎない。だから「今出ました」の方がいい。「もうすぐ着きます」はお客さんの家の近くにいて、「今出ました」はそば屋の近くにいるようで、進捗が遅いように感じるかもしれないが、それは言う側の論理である。聞く側はどこまで終わったのかを聞きたいのである。だから今出ましたの方がいい。ただ、「今出ました」自体が使い古されていて心象が悪いので「近くまでは着いています」などと言い直すのはいいと思う。今回の場合はパトロールを今後も行うので「行っています」とする。「まいります」は蛇足。「今後も行います」のニュアンスを添えなくてよい。どうしても言いたいなら「定期的に行っています」と言えば今後行わないと誤解する人はいない。「行っています」の部分は変えない。
「**」にした部分が、実はこの報告には欠けている。1週間移送を止めても大丈夫ですと言われれば「自転車なみに遅い台風でもさすがに1週間も居座らないよね」と読み手は判断することができ、安心できる。1日しかもちませんということであれば「危険じゃないか」ということになる。
巷の不安は、台風によって汚染が拡散することだったように記憶している。拡散の心配が本当にないのか、あるいはあえてメガフロートに話題をそらしたのかはわからない。しかしどちらにしてもメガフロートの件で安心してもらうには不十分な発表である。
起こりうる影響と評価が書かれていないからである。
校正が不十分な公式ツイートを読んでいると、企業にとってはTwitterもいいことばかりではないと思う。

[日本語]孫社長の「やりましょう」

http://do.softbank.jp/#todo
進捗状況のステータスは「やりましょう」「検討します」「できました」の3つ。突然言われたことを全部できないから「検討します」があるのは仕方がないとして、「やっています」はない。これはいい手本である。「やっています」よりは「できました」の方が印象がよい。

*1:行くと行うが紛らわしいので平仮名で書く

*2:ちなみに「おこなう方向で検討する」とすれば「やってあげたいけど何もしない」という疑似否定形になる

*3:あえて時制を強調して言い換えるならば「この電車は、当駅を出て名古屋に止まり、名古屋を出て京都に止まり、京都を出て新大阪に到着するに至る一連の運転を現在行っています。」となる