セミナー改革 (2)

 前回は、セミナーがサービスとして競争力を失っているという難しい話を書いた。では、競争力を高めるにはどうしたらいいか。
 時間や交通費といった費用をかけるわりには効果が薄いと思われたら、つまり「わざわざ来たのにおもしろくなかった」と思われると困るので、参加者にとっての効能を高めることが必要である。法人相手の研修では、ひとりあたり数万円、数十万円を払わされる受講者の期待を裏切らないでいただきたい。
 ただ、主催者は時に勘違いをしていて、少ない時間でなるべく多くの情報を詰め込めばいいと勘違いしていることがある。一般に、費用対効果の検討が始まると、費用を下げるか効果を増やすかしかないという単純思考に陥りがちであり、とりあえず目の前にある何かを増やしておけばいいと考える人が圧倒的に多いのだろうけれど、よく考えてほしい。学校の先生が「授業を聞きっぱなしにするのはだめで、最後は自分で勉強しないと成績は上がらないよ」と言うのと同じで、講演者側からたくさんの情報を詰め込んでも、聴衆の記憶にはあまり残らない*1。話が難しいと勘違いさせたり、眠気を誘ったりするだけだ。
 人間がたくさんの情報を理解するには、文書を音読したり、紙に書いたり、人から教わったことを自分で要約してみたりといった「学習者側主体の作業」が必要である*2。たかだか数十分数時間の講座で、一方的に「あれも大事これも大事」「AだからB、よってCだがDも合わせて考えつつ・・・」「大事なことは20個くらいあります」などとまくしたてても、全部暗記できるはずがない。
 若い頃は、抽象論ばっかり説いている授業よりも、細かいことをたくさん教えてくれたり、雑学の固まりのような授業が同じ時間で倍お得のような感じがして好きだった。ところが、今になって中身を思い出そうとしても全く記憶に残っていない。せめて何の話だったかくらい覚えていれば調べられるのだが、さっぱりである。今はやりのセミナーはたいがい、早口で次から次へと話が進む。たぶん、3時間で忘れるだろう。
 セミナーで何を聞いてきたのか記憶にないと思わせることは、その内容のすばらしさにかかわらず、「あのセミナーは意味がなかった」と思わせるのに十分な効果を発揮する。
 さらに、いろいろなセミナーでスライドやプレゼンテーション・シートを見ると、小さい文字ですき間なく書くのが流行っているような気がする。わたしは「視力検査」と呼んでいる。たぶん、講演者は、善意をもって多くの情報を伝えたいと考えているのだろうが、そんなものは読まれるはずがない*3。時間がないのにページ数も多いから、せっかくたくさん書いたのにスクリーン上に表示されるのは10秒くらいである。わたしは「動体視力のテスト」と呼んでいる。
 受講料無料でも研修資料を立派な冊子にして配布するセミナーもあって「細かいところは後で読んでおいてください」と言われる。冊子にするのは、束ねておいた方が配りやすいからなのであるが、同時に、受け取る側に「いっぱいもらった」という確かな手応えを与える効果もねらっているかもしれない。ところが、帰りの電車で持ち歩くのが重くてつらいわりにはあまり読み返した経験がない。*4
 考えるのは大変そう、読み返すのは面倒だ、やめておこう、と思わせたいのだとすれば十分効果があるが、まじめな聴衆にとっても「たくさん書いてあったな」という印象しか残らない。言いたいことが山ほどあるなら、セミナーではなくて文書に書いてWebに掲載したらどうだろうか。大事なのは情報量の最大化ではなく、満足度の最大化である。
 セミナーや講義では、文書では伝わりにくいことを話すべきだ。たとえば、以下のようなものだ。

  • 文書になっていないほど最新の動向
  • ある物事を検討しなければならない理由、必要性
  • ある物事を理解する上で必要な物事の見方、考え方、着眼点

このようなことを情報として提供することで、理解しよう、調べてみよう、他の人にも伝えようという動機を持ってもらうことが大切なのである。このような性格の情報だと、重要なポイントは2つか3つに抑えることができる。2、3ならば聴衆の記憶にも残すことができるだろう。聞き手の満足度を高めることにもなる。
 聴衆にとって、自分の力だけで吸収できない情報をつかむ動機を与えられるかどうか、そして聴衆の記憶に残る情報を与えるかどうか、これらがセミナーや講義が「サービスとしての競争力」を決定づけることにつながるのである。

*1:この事実、頭のいい人は意外と聞いたときはその場ではするっと理解してしまうし、頭のよくない人は、話を聞いてもさっぱりだったという経験は多く積んでいるはずなのに、人に論理的な話をする経験に乏しいので、どちらもよくわかっていない

*2:今は夏休みだが、計算や漢字のドリルにうんざりしている子供たちよ、今そういう訓練をやっておかないと大人になってから脳が腐るぞ

*3:Microsoft(R) PowerPoint(R)に代表されるプレゼンテーション用シートについては、機会を改めて書きたいと思う

*4:著作権もあるだろうから、クリップボードへのコピー禁止の設定にしてもらってもかまわないので、PDF & CD-Rで配布してほしい