人に優しいITシステム

 あるお店で見積もり書をお願いしたら、店員さんがパソコンで作っていました。とても時間がかかるので、操作の様子を見ていたら、紙の顧客台帳ファイルを見ながら、パソコンの顧客台帳に新しい顧客を登録しているようでした。その人がパソコンを苦手としているわけではなさそうですが、片手でファイルを持ちながら、もう一方の片手でおぼつかない手つきで入力をしているので遅くなっていました。
 店員さんはワープロソフトで罫線を引くところから自分でやっているわけではありません。見積もり作成を行うシステムは、全国でフランチャイズ展開をしているチェーン店で使われているもので、きちんとした業者が制作したものと思われました。それならば過去の顧客台帳を参照する機能もあるはずなのですが、店員さんにとっては見積もりを作成した際に印刷した紙をファイルに綴じたものを用意し、それを顧客台帳のかわりに使う方が便利なようでした。
 見積書ができるまで暇なのでじっくり作業を見物させていただきました。その店では、年度別にまず分類し、同じ年度内では顧客名の五十音順で並べて綴じているようでした。いつ頃きたお客か聞き出せれば探しやすいですし、もしいつかがわからなくても、1年前→2年前→・・・とさかのぼればやがて見つかるということのようです。ただ、10年、20年と営業を続けたらこのファイルはひとつのバインダーに収まるのでしょうか。並び替えはパソコンの方が上手なので、過去の見積書の管理はパソコンに任せたいものです。
 使われていたパソコンは、業務用のパソコン基本ソフトでは業界標準になっているMicrosoft Windowsが使われています。Windowにsがついて複数形になっているわけですから、過去の注文の見積書をひとつのウィンドウで開けながら、新しい注文の見積書をもうひとつのウィンドウで開き、両方見ながら書ければ楽なのですが、入力画面を見るとそのようにはなっていないのです。
 業務システムを作る技術者が考えるのは、過去の注文のときの情報を新しい見積もり作成の入力欄にあらかじめ埋め込んでしまうというものです。ところが、これではAと書いてあったものをBと書き直したあとで、「あれ、Aはなんだっただろうか」と思ってももう画面にはAが残っていません。例えば、Aが前回の見積書の金額、Bが今回の見積書の金額だったとします。Bを書き込んだ後で、「あれ、前は何円だったっけ?」と顧客に聞かれてもAはすでに画面から消されてしまっているので答えられません。やはり、Bを確定するまで、Aが書かれた旧見積書も画面に出ていると便利です。また、過去の注文には必要だったが、新しい見積もりでは不要な情報を見落として残してしまう可能性があります。
 役所に行くと、窓口の記入台には必ず記入例が置いてあります。あれは、書き方がわからないということがなくても、例が隣に置いてあるだけで人間はとても精神的に楽になるのです。例えば、必須入力欄の類は、いくら欄が赤地になっていようが、太枠になっていようが、忘れてしまうことがあります。しかし、例と見比べれば比較的見落としにくくなります*1。以前から、人は2つのものを見比べながら起票の正確性を高めるという作業に慣れています。しかし、システムの入力画面は、入力する人のことを考えずにただ空欄の入力画面を用意しているだけです。
 業務用パソコンは、相変わらず昔ながらの縦横比率であることが多いです*2。実は、日本の事務所は狭いので、横長画面のモニターは邪魔になってしまいます*3。でも、本当は縦入れのA4用紙が横に2枚入る大きさが確保できた方がいいでしょう。当然、実寸大であれば理想ですが、文字がつぶれない程度に縮尺が変わるのはいいです。ただ、画面の縦横比率はもう少し横に広がった方が使いやすいと思います。
 Panasonicなど、いくつかのメーカーが画面を横に2つ並べる使い方を提案しています。Windowsは標準でその使い方に対応しています*4が、実践しているのはデイトレーダーくらいです*5
 ソフトウェアも改善が必要です。前述のお店の見積もり作成システムもそうです。また、例えばMicrosoft Wordの編集履歴機能を見ていても、改善の余地があります。ワープロソフトでは、「どこを」「誰が」直したかという点に着目して作られています。ところが、日本人にとっては校正前と校正後とではどちらが見栄えがいいか、どう変わるか、ということも大事になってきます。個別の訂正箇所だけではなく、文書の全体感も大切にするわけです。「前段が長いなあ」とか「このあたりから言い回しが急に堅苦しくなった」の類は、文書が伝えたい内容にはあまり関係ありません。でも、読み手の読みやすさを考えると大切なこととされています。ですから、本来なら校正作業は校正前のファイルと校正中のファイルを2つ並べながら作業する方がいいと考えます。別にワープロソフトにその機能がなくても2つウィンドウを表示すれば実現する問題ですが、片方をスクロールすると、もう片方はスクロールしません。Wordには「分割」という機能がありますが、画面が半分になってしまいます。
 今は、個人情報保護に伴う情報漏えい防止など、使う人に制限をかけることに関心がいっています*6が、もう少し使いやすくすることに注目が集まってもいいと思います。

人に優しくないシステムは生産性を下げ、投資効果を引き下げます。

*1:パソコン入力の話をしているので話はそれますが、記入用紙が紙の場合は記入例は特に重要です。住所欄に記入できる文字数の目安がわかるなど、記入内容以外でも参考になります。逆なのは郵便はがきに下書きなく住所を書き始めなければならない場合で、わたしはしょっちゅう文字が大きすぎて変なところで改行したりしてしまいますし、差出人(自分)の郵便番号欄を埋め忘れたりします。硬筆習字の練習が必要かもしれません

*2:テレビはワイドテレビやハイビジョンが主流になりました。最近、国産メーカーが売っているマルチメディア・パソコンはテレビも見られるようにするため、テレビと同じような横幅を持った機種が出回っています

*3:Macの場合は、クリエーターが使うような縦にも横にも大きい画面のモニターがあります。Macはいいなあと思ったことがあります。http://store.apple.com/0120-APPLE-1/WebObjects/japanstore?productLearnMore=M9179J/A Windowsでも使えなくはないですが、制約があるようです

*4:ただし、ビデオ出力が2つあるハードウェアが必要

*5:彼らにとっては2つでは足りないかもしれない

*6:それが悪いことではないですし、やめてはいけません