20年前を思い出す

 新型コロナウィルスの専門家会議が「ピークアウトは非常事態宣言前だった」と公表し、一部の知識人が「宣言は不要だったのではないか」と言い、それに対して「後出しじゃんけんするな」「素人が口を出すな」と擁護する発言が出てくる。正確には誰かをかばっているわけではなく、否定論を述べる人に嫌悪感を持っているだけかもしれない。
 こんなやりとりに対して、今生きている人類が経験したことがない危機だから慎重に対処するのは当然と言っている人がいるが、とんでもない。ああ、この感じは懐かしいなあ、と思う。

西暦2000年問題

 コンピューター業界では西暦2000年問題というのが1999年頃に騒ぎとなり、2000年の正月にコンピューターシステムを持っている企業・団体の人はコンピューターメーカー*1の人たちと年末年始を事務所で泊まり込むということをやった。年が明けると年の数は1増えるのだが、年の数を2桁で管理していると、99年の次の年は数字が99減って0になってしまう。あるいは2桁で記録しているときに99に1を足すと100になってしまい、百の位をどこで覚えたらいいのかわからないコンピューターが想像しない動きをするのではないかとも言われた。
 コンピューターに依存する社会インフラの何が不具合が起こるかわからなかったので、電車も止まるかもしれないから自宅待機とはいかなかったのである。電気も止まるかもしれないということが想像できるようになるのは、11年後に実際に計画停電が起こった福島第一原発事故まで待つ必要があり、技術者が作業するパソコンやネットワークまで非常用電源が確保されていたわけではない*2が、まあとにかくがんばろうという感じだった。
 結果、正月を迎えても目立つ故障は発生しなかった。飛行機が誤作動を起こして墜落することはなかったし、テレビやラジオも放送を続けている。年賀状も届いたし、電話もつながる。コンビニも普通に営業している。それで、あんなに大騒ぎして、技術者を集めて、コンピューターメーカーにお金も払って何だったのかということになった。ただ、三が日は待機している人以外は仕事が本格的に始まっていないので、多くの人を巻き込んでの議論にはならなかったし、今のようにSNSがあるわけではないから掲示板が炎上するということもなかった。コンピューターの技術者たちは安心した一方で、ここまで平穏だったのは意外だとも思った。1999年7月に地球滅亡を予言した「ノストラダムスの大予言」が当たらなかったことで、ああまたか、と思う人もいた。
 正月休みが明けて、企業・団体が営業を始めると、ちらほら不具合が発生するコンピューターが出た。今の新型コロナで言うところの「第二波」である*3。しかし、発生は散発的で、波というほどではないのは新型コロナと同じである。そのため、ほとんど事件性はなく、報道では取り上げられなかった。多くは画面の表示がおかしかったり、印刷した帳票が乱れた程度で、銀行からお金を引き出せないとか、大事な取引記録が消えたとか、大型工場の操業が止まったとかいうことはなかったこともあるが、コンピューターメーカーにとってはお客様のシステムを止めたということは積極的に知らしめることではないから、そっと処理されたのである。

専門家が踏ん張るしかない

 社会が経験したことがない危機が発生したときには、専門家が粛々と処理すればいい、というか、そうするしかないと考える。新型コロナでも、医療崩壊を起こしたら大変だと周りの人まで巻き込んで騒いでいる。医療業界が大変なのはわかるが、では、2000年問題のときに一般の人が悩んだらエラーは起こらなかったのだろうか。そんなことはないわけで、技術がわかる人がやるしかなかったのである。
 1999年の暮れ、おびただしい数のコンピューター技術者たちが、どんなつらい思いをして、どんな綱渡りをしてきたのかということはほとんどの人たちが知らない。1年あるいは半年前から、直前まで異常が発生する原因を探す作業、あるいは発生しないようにシステムを取り替える作業に追われた。それでも、問題がないことを証明するのは悪魔の証明であり自信がなかった。仕方がないので年末年始にはずっとコンピューターを常時、目で見張り続けなければならなかったが、これは拷問だった。ベッド数が足りないとか、集中治療室に入った重症患者にECMOを使うとずっと監視していなければならないそうだが、まさにあの時と同じ。コンピューターは人命と関係ないという人がいるかもしれないが、いやいや、先に書いたとおり、飛行機が落ちるかもしれないと言われていたのである。精神状態としては変わらない。病院の場合、目の前で人が重症化するのは確かにインパクトがあると思うし、医療は尊いとは思う。ただ、ITはひとつのミスで大量殺戮が可能である。
 だから、今戦っている人たちも、なぜ俺達だけ、とは思わないで欲しいものだ。2000年問題のときは誰も感謝してくれなかったし、インパルスが飛んでくれることはなかった。
 専門家が対応した結果は、どんな結果でも専門家が引き受けなければならないのである。コンピューターの技術者が、私達はコンピューターしかわからないし、コンピューターとしか会話しないからお客様が怒っていても知りません、とは言えない。問題が起こらなかったではないかと言われたら、それは専門家が専門家として説明をしなければならないのである。いえ、私達がこれだけ対処したのだから起こらなかったのであり、また、実際に問題は起こっていますが、コンピューターを使った仕事に専念していただくために目立たないようにしているだけです。そこを評価してください、と。

巻き込みすぎだ

 2000年問題とコロナ禍の違いは、医療の問題に全国民を巻き込んだことである。年末までに銀行に行って通帳記帳をお済ませください、など、確かにあの時も人々を巻き込んだ。しかし、1月からは平常通りの生活を維持してもらえたと思う。自動車のコンピューターもタイマーを積んでいるかもしれず、誤作動したら暴走するかもしれないので、家の中で布団をかぶっていてください、とは言わなかった。
 技術者たちは、月締め、四半期締め、年度末締め、半期締め、そして年末締めなど、特定の日を迎えないと使われないプログラムというのが存在するので、それらが2000年代になって初めて使われるかもしれない日が来るたびにずっと警戒を続けた。そうして2001年になるまでは2000年問題が続いていたのである。しかし、そんなことは一般の人は知らない。一般の人を巻き込むのは必要最低限で、あとは専門家がすべてを引き受けたのである。
 ところが、コロナ禍については、緊急事態宣言が解除されたのにもかかわらず、未だに警戒、警戒、また警戒。無症状の人もウィルス保有者の可能性がありますと。可能性があると言ったら何だってありである。一千万都市で多くて日に十数人しか発見されない感染者。どこで再生産が行われているのだろうか。
 さらには新しい生活様式と銘打って、ずっと生活を変えてくださいということも言っている。コンピューターにプログラムミスがあると社会に影響を及ぼすかもしれないということは、2000年問題よりも遥かに深刻な問題になっている。自動制御どころか、AIが登場し、人間が関与しないところで意思決定も行われている。ただ、「新しいコンピューターとの付き合い方」なるものが発表されたためしはない。コンピューターの保有者、利用者、管理者にはセキュリティーが必要だということが繰り返し周知されているが、社会で平穏な暮らしをしている人たちに「コンピューターウィルスが暴走するかもしれない」「第二波が来る」と言い続けることはない。
 どこまで巻き込むつもりなのだろうか。
 「宣言が不要だったのではないか」という論に対して、わたしは宣言を出した時点では仕方がなかったのではないかと思う。ただ、不要だったという人たちに対して「素人が口を出すな」はおかしい。「確かに自粛は多くの人の経済活動を抑え、大いに苦しめましたから、そう言いたくなるのは理解できます」しか言いようがないのではないか。もっとも、専門家会議や医療従事者が反論しているのではなく、反論しているのは周りの素人たちである。
 福島第一原発事故のときは、いわゆる放射脳、ゼロリスクの意見を抑制することに成功した。ところが、今やひとりたりとも感染を広めないということが国是のようになっている。ゼロリスク派の完全勝利である。非常事態宣言が出る前までの状態には戻してよいはずだ。その状態でピークアウトが始まっていたのだから。
 第二波と呼ばれるものは確実に来るだろう。かぜやインフルエンザがそうだから。今も医療の現場、創薬の現場は大変だろうけれど、何とか踏ん張って、一般市民が気にしないで暮らせる世の中をいち早く実現してほしい。
 夏でもマスクと言っている人達を見て、「本土上陸に備えて竹槍」「欲しがりません勝つまでは」と何が変わらないのだろうかと思わざるを得ない。

政治はもう日常に帰れ

 予算は出さないが、要請だけは盛んに連発する政府と自治体。まもなく5月が終わろうとしているが多くの人を未だ巻き込んでいる原因は、行政がマスコミと相乗効果で毎日自粛自粛とやっていることが原因であろう。残された仕事は国民市民に自粛を呼びかけることではなくて、日常に帰れと言うこと。そして、予算を持ってくること、その2つである。
 特に西村大臣は経済再生担当であり、経済的な死に対する対策をとるのが本業なのだから、早くそちらに戻っていただきたい。これまでよくやっていただいたと思う。ただ、6月以降もそうだったらサボりである。秋になっても冬になっても感冒流行が来てもコロナ担当に戻る必要はない。専門家に任せておけばいい。

*1:今はIT企業と言うことが多いが、当時はメーカーとか、ソフトウェアハウスと読んでいたかな

*2:パソコンに非常用電源装置をつけることはあったが、大勢の人が待機している現場の全員を救える電力量ではなかった

*3:執筆当時、北九州市クラスターが確認されただけで第二波だと騒ぐ自治体やマスコミがあった。後世において何を第二波と定義しているか、現時点では想像がつかない