東京ビックサイトのエスカレーター事故

NHKのニュースを見た。 2008年8月2日に起こった上りエレベーター逆流事故を報じていた。
取材VTRでコメントしていた専門家は、設計性能*1を発揮できるような運用をすべきというようなことを言っていた。
ただし、コメントの言い回しが少し難しくて、放送終了間際にキャスターが自分の言い方で感想を述べた。それによれば、性能がどのくらいなのかを公開して、利用者に周知させるべきだ、と。
ここで言っている性能というのは、エスカレーターの耐荷重基準のことだ。事故機を製造したオーチス・エレベータは「国の基準を満たしている」という(NHKニュースより)。また、同社のWebサイトによれば*2、歩いて上り下りすることは禁止ではないようである(わたしの解釈)。ところが、1段に3人も4人も乗ることは仕様を超える使い方にあたり、それが原因になった可能性があるという。何がいけなかったのか。
前述の専門家の意見は、エレベーターに人が乗りすぎないように、主催者側は入場者を整理・誘導しろということだ。キャスターの感想は、エスカレーターの定員を掲示しろということだ。
わたしも、専門家の意見と同じで、今回は主催者側のミスである。東京ビックサイトで開催される催しはいくつか行ったことがあるし、現場のエスカレーターも使ったことがある。
事故機は、1階と4階を直通で結ぶエスカレーターである。エスカレーターは、一般的に階をひとつ移動するごとに乗り換えるように設置される。ところが、展示場でこのように作ると、途中階で上る客と下る客が入り混じって乗降口が混雑してしまう。そこで、最上階まで乗り換えなしで上げたり、地上まで乗り換えなしで下ろしたりすることを設計者は考えたのだろう。輸送効率だけを考えれば悪くなかった。ただし、輸送されるのは、ベルトコンベアーに乗せられた荷物ではなく、予測不能かつ身勝手な行動をする人間だ。
同じような混雑が発生しやすい大型商業施設では、4基並列が採用されることがある。通常のデパートなどでは、1箇所に2基設置するため、上り口と下り口は反対になる。4基を並べて設置し、エスカレーターの量を倍にする。すると、たとえば1階だとしたら、

  • 地下1階から昇ってくる降り場
  • 地下1階へ降りる乗り場
  • 2階へ昇る乗り場
  • 2階から降りてくる降り場

の4つを同じところに造ることができる。反対側にも同じように2つの乗り場と2つの降り場がある。単に輸送能力が大きいだけではない。乗り場近くまで来て、上りと下りの違いに気づいて引き返す客がいなくなるので、人の流れが乱れにくいという効果もある。たいていはあふれない。
ビックサイトは、大きな吹き抜けがあるので、直通にしてしまった。首都圏を例にすると、4基並列には新宿タカシマヤTIMES SQUARE、ヨドバシカメラ秋葉原店などがある。直通エレベーターは、みなとみらい線みなとみらい駅などがある。京都駅ビルは、吹き抜けではあるが、踊り場が用意されている。安全面を考慮したのか、それとも長大エレベーターが調達できなかったからなのかはわからない。
4基並列がパンクしないのにはもう一つ理由があって、エスカレーターの手前にある、建物の出入口において通行量が絞られるということがある。だから、流入制限をしなくても、そこそこ秩序ある利用ができるのだ。「冷暖房の効率だけを重視した殺人マシン」として糾弾された回転ドアも、実は流入制限をするという役割を担っていた。
ビックサイトは、さまざまな交通機関を利用した人が多方面から同時に入ってくる。建物の入口も非常に広くとっている。だから、主催者側が人を配置して、流入制限をしなければならなかった。わたしが出かけた催しでも、事前登録をすれば入場無料なのに、わざわざ人を置いてチケット売り場を設置し、蛇行させた列に並ばなければ入れないようになっていた。エスカレーターの前で、一定間隔で係員が入口規制をする催しもあった。ところが、今回の主催者はこういうことをしなかったのだと思われる。
キャスターの意見はおかしい。街には人工建造物だらけで、歩くたびに「ここは定員100名」「ここは重量制限700 kg」「ここは2列まで」などと教えられたところで、通行人は全く興味を持たない。貨物満載のダンプカーが小さい橋を渡るときは規制標識を守ってほしいが、人間が移動するだけで被害を受けるような設計があるとは思いたくないし、これからは気をつけてくださいと言われてもにわかに信じがたい。そもそも、ラッシュ時に乗るバスや電車の定員なんて、輸送側も無視しているではないか。情報公開することは必要だが、「周知させる」ことがどう解決に結びつくのかはわからない。駅員は、「電車の定員は144名です。定員以上乗っていそうなら、あなたは乗車前に人数を数え、乗りすぎていたら電車を見送りましょう。たぶん、3時間後には座れると思います」とアナウンスすべきか。「現在の基準は、2段に3人が限界ですよ」ということを一般知識として周知するのは悪くないが、必須ではない。
さて、他にも、考慮点がいくつかある。

  • 上り運転中に逆流を始めた場合の自動緊急停止装置が必要ではないか。もちろんブレーキはついていると思うが、油圧ではなく物理的にくさびが入る仕組みがいい。
  • 上記では流入制限を中心に取り上げたが、火災発生時のかけ下り客の集中が実は最も怖い。周知すべきは、エスカレーターの仕様ではなく、非常階段の場所と、「非常時はエレベーターだけでなく、エスカレーターも使用しないでください」という注意喚起だ。火災現場で逃げ延びる寸前に圧死というのでは悲しい。
  • エスカレーターに関する国の基準では、1段あたりの平均で100 kgよりも少ないそうだ。ところが、1つの段に2人ずつ乗っていてすべての段が埋まっているエスカレーターはいくらでも見受けられる。ビックサイトのように4人乗ったらメーカーの責任にするのはかわいそうだが、2.5人は耐える基準であってほしい。本当に安全を重視するなら、非常時の駆け込みも考慮の上し、4人でも耐えてほしいところだが。

*1:発言に添えられた字幕はなぜか「性能設計」になっていた。それでは意味が変わってしまうのでは

*2:http://www.otis.com/site/jp/Pages/EscalatorandMovingWalkwaySafety.aspx?menuID=6