実況は「実」という字が入るくらいだから、実際に試合で今起こっていることを見て伝えるものであってほしい。映像のないラジオと、映像のあるテレビとでは多少異なると思うが、テレビ、ラジオの区別なく、純粋にだめな実況とは何か考えてみたい。こういうものは実況とは言わない。
- 精神論ばかり言う
- 気持ちだの気力だの、見えないものばかり口にする。ここで気持ちを感じるはずだ、感じない奴はおかしいと言われているようで、裸の王様の話を思い出す。気持ちがオーラとなって見えるものなら見てみたいものだが、残念ながらわたしには見えない。
- 結果は偶然かもしれないのに、あたかも理由があるかのように理屈を並べる
- あなたは神様ではない。あなたに決めてほしくない。
- 試合の流れを強調する
- 評論家から見たら勢いがどちらにあるか見えるのかもしれないが、観客には基本的にそんなことは関係ない。ひいきが負けていても逆転してほしいと思うし、流れがこちらに来ているからといって応援をやめるわけでもない。
- 「この一打が決め手だ」「今のプレイは大きいですね」とかも言ってほしくない。
- 片方のチームの見方ばかり強調する
- ランナーがたまった。投手が交代した。3アウトになった。たくさんランナーが出たのだから「長いイニングが終わりました」と客観的に言うのは間違っていないと思う。それは実況である。ところが、「ようやく終わりました」とか「なんとかしとめました」とアナウンサーはつい感想を交えて言ってしまう。「ようやく」「なんとか」というのは守備側の論理であって、攻撃側のファンはそんなことを思っていないのである。敵味方に分かれて戦っているのだから、ひとつの事象は必ず2つの見方がある。それをひとつの見方に誘導するようなことがあってはならない。
だめな実況は、多様なものの見方をファンから奪い、テレビの視聴率をネットやダイジェスト番組に移転させる。野球人気が危うい中、野球中継をおとしめるアナウンサーは
たぶん、バラエティー番組拡充を期待するプロデューサーか何かの差し金なのだろう
だめな実況で書いたようなことは、優秀な解説者も一切口にしない。