構造計算書偽造事件

いやぁ、おそろしい。

素人にわからないからといってやりたい放題。今や安心して素人をやっていられる時代ではない。同業界の他の人たちも、別の士業の方たち・・・弁護士も公認会計士も似たり寄ったりなのだろうか。ごきぶり理論で言えば、1匹見つけたらたくさんいるということになる。
 ここであまり個人の犯罪を追求しても再発防止にはあまり意味がない。建築士に対して人命を守ろうとする気を起こさせるものがなかったのだから

制度欠陥ではないか

という点をとりあげたい。
 沓掛防災担当大臣は「民民の取引である」なんて言ってしまっているけれど、人々が安全に暮らすために行政が存在する*1のであって、制度設計したのは行政だ。確かに国家賠償の対象ではないと言われれば反論しないが、制度見直しに至急取りかかってもらわなければ建設需要は大きく冷え込んでしまうだろう。
 開発業者が住民保護に動いているのが救いである。住宅に欠陥が見つかったら売った者がきちんと瑕疵担保責任を負うという流れができればある程度の歯止めができる。ただ、専門家の仕事を信じて何もチェックが入らないという仕組みはおかしい。建築士ではなく、検査業者のことだ。
 建設業界のみならず一般論として、専門家にお金を渡して作業をしてもらうという構図で市場競争が起こると、専門家の中には手抜きをする者が出てくる。このとき、手抜きしやすいところも、手抜きがばれやすいところも、さらに手抜きの隠し方も専門ゆえによく知っているから、倫理観さえ欠ければ、堂々と不正がまかり通る。そろそろ

専門家こそが一番信じてはいけない人種だ

ということにみんな気づいてほしい*2
 専門家にやらせる作業の品質を担保する方法はないのだろうか。

  • A. 別の者が検証する
  • B. 裏でつながっていない複数の者に同じ作業をさせて比べる
  • C. 一般の人でも作業を検証できる仕組みを作る
  • D. 瑕疵担保期間が終わるまで報酬を与えない
  • E. 最後は公的な関与を行う

サービスの3要素は、QCD*3(品質、価格、納期)である。この3つは本来トレードオフの関係にあるが、両立することを念頭に置いた仕組みが必要である。「資格制度がある」とか「(以前の弁護士報酬のように)業界一律料金にする」というのは、品質だけを高める、価格だけを固定するといった、1つの要素だけのアプローチであって、「あちらが立てばこちらが立たず」となる*4
 Aは、現行の制度。でも、検証する者が検証される者からお金をもらうという仕組みがいかにだめかは前にも述べたし、会計監査制度が実証済みである。Bは業者間の癒着がないことを期待した制度設計である。期待通りなら品質はとてもよくなると思う。ただ、同じ作業を2つ行うから、価格が2倍になる。また、作業結果の突き合わせを行う作業に時間がかかること、専門家の作業に食い違いがあった場合に誰が公正に審査できるのかどうかが課題となる*5。Cは、もともと一般の人にできないから専門家に依頼するのであって現実的ではない。あるいは、専門家の作業を一般の人でもわかるよう翻訳する作業が価格を上げる。価格を維持したらやはり手抜きが横行する。
 いろいろ考えてはみたが3要素を直接操作するようなやり方はうまくいかない。間接的に業者が全体最適化を図るよう努力する仕組みが必要ではないか。Dは、「あとで返還請求するくらいなら納得するまで払わない契約にする」ということだが、オーナーに有利すぎてさすがに受注側がかわいそう。するとやはり、今の規制緩和、民間主体のあり方は多少残してもいいが、最終的には

規制強化、監視強化
不正の厳罰化、刑事処罰の厳格適用*6

しかない、ということになる。
 再び建設の話に戻して考えると、もちろん公的サービスは税金でまかなわれるのだからただではないのだが、ここでは発注者がすべて負担すべき費用なのかということが問われる。金融機関に対して金融庁がひたすら関与するのはなぜかと言えば、破綻した場合に経済に与える影響が大きいからである。そこで、建築物が地震で倒壊した場合を想定したら、人命や隣の建物にも影響が大きい。社会全体として建築物の安全性を担保する仕組みくらいあってもいいと思う。
 理想を言えば、官の介入ではなくて、業界団体が相互監視の仕組みを作ってほしいのだが、残念ながら悪い意味で業者間の仲がよろしいのように見受けられる。今のところはあまり期待できない。ただ、次のような保険制度ならばできる。

  • 建築作業、設計作業の欠陥を保証する保険を作る
  • 保険料は、請負者の負担とする (依頼主が間接的に負担する)
  • 行政は再保険するとともに、保険に加入した業者の利用を市民に推奨する
  • 制度創設当初もしくは新規参入*7から3年は安い保険料とする
  • 「完成直後」「完成から3年後」の2回に分けて第三者機関が依頼主から調査を行い、建築物の品質と、アフターサービスの両面で満足度が高い回答を得られれば安い保険料を維持できる。その評価が長く続けばさらに高い等級を与えてさらに保険料を安くする
  • 逆に満足度が低い場合は等級を下げて高い保険料を設定する。その評価が長く続く場合や、瑕疵修正に応じる姿勢が見られない場合は懲罰的に高い保険料を設定する
  • 保険料は欠陥建築物の購入者の裁判費用や、欠陥建築物の売り主が倒産した場合における損失補填に用いる
  • 以前経営していた会社で等級を保有していた者が、新たに会社を設立したり経営したり、実質的に経営に参画する場合は、最も低い等級を引き継ぐ(等級を元に戻すために会社を作り直すことを防ぐ)

この制度案は、

  • 三者機関の介入
  • 事後評価の実施と費用負担者の参加

という点で優れている。特徴は、もし品質の悪い仕事をすれば、廃業するまで裁判に苦しむ仕組みであること。「被害者は保険で助かるから適当にやっておけばいい」という甘い考えは許さない。

手抜きをする者は業界追放

*1:大臣は、防災大臣を「災害時の陣頭指揮及び視察担当」と勘違いしていないことを祈る。言葉通り防災に励んで欲しい。防災の定義として、災害を防ぐための方策は積極的に取り組むものであって市場に任せるのだとしたら不要な役職だ

*2:だから、専門家は信じてもらえるための努力をしなければならない

*3:Quality, Cost, Delivery

*4:だからわたしは医療報酬点数で支払い額が決まる医療業界はあまり信じていない

*5:専門家同士で討論させて、ディベート能力の高い方が正義になるというのもいかがなものか

*6:今回の事件は未必の故意による殺人未遂だろう。

*7:独立したてで仕事が欲しい人が不正を犯す可能性はあるが、参入障壁になるのも困るので、実績ができる間は免除するのはやむを得ないと考えた