前回は「アンケートへご回答いただくため」の話をした。アンケートにもいろいろあって、国勢調査のような立派な統計作成の手段もアンケートだけど、悪徳キャッチセールスをたくらむ者もアンケートをする。だから、「あなたはアンケートを取って、その後どうするのですか。その目的を書いてください」というのが法の趣旨だ。それを、「アンケートへのご回答をいただくため」で許されるなら、法律はざるではないか。
ここまで書いていると、「そんなにしつこくしなくたって、そんな業者にはあなたが近寄らなければいいではないか。」というふうに言われかねない。しかし、それでいいのか。
まず、インターネットの世界では、悪いことはみんなすぐ真似をする。ご安心ください、もしかり。だから、よい見本が普及する前のこの時期に悪い見本を見かけたら悪いと言っておきたい。
つぎに、個人情報保護法は、マクロ政策である。もしミクロ政策のための立法であり、個々人の個人情報を守るための法律だとしたら、たとえば情報を漏らした会社は、1件1属性10万円の賠償を科す*1とか、漏洩情報に関する官報公示があったら、1週間以内に漏れたコピーを持つ者が自主的に情報主体*2か自治体の窓口まで返却しなければならない、とかかなりの強制力が必要だが、実際はそんなことはない。もしひどく守らない会社があっても、せいぜい所管大臣から命令が下る程度のものである。そもそもプライバシーというのは漏れたら元に戻せないもので、法律で守れるものではないのだ。
よって、「アンケートへご回答いただくため」の業者に個人情報を渡したからといって直ちに大変なことになるとは思っていない。たかだか名前や住所程度のものだ。ましてやそれを個人情報保護法に直接守ってもらいたいとは思っていない。でも、社会全体が「アンケートへご回答いただくため」だったらどうだろうか。周りもみんなまじめにやっていないのだから、と、誰もやる気を起こさない。個人情報保護は利益を生まないのにとても費用のかかる作業である。だから、みんなで合わせてがんばっていかなければならないのに、いきなり取得からやり方を間違えている人を見かけると、第三者提供の制限なんて、誰もばかばかしくて取り組まなくなるのではないか、と不安で不安で仕方がないのである。
最後に、個人情報保護法の全面施行を報じるテレビを見ていると「病院で名前を呼ばれなくなる」など、どうも「プライバシー」という面が全面に押し出ていて「それではやりにくいから法に従うのはほどほど*3にしましょ」と世論が変な方向に誘導されている。一番大事なのは、個人情報取扱事業者が
ポリシー*4を明示し、ポリシーに合わせて責任ある行動を取る
というところにあるが、理解されていない。
- 当院では、コミュニケーションを重視するため、窓口では名前で呼びます。病気の種類によっては呼ばれるのが恥ずかしいかもしれませんが、症状の話は個室でするようにします。
- 本診療所では、センシティブ情報の秘匿を重視したいので、窓口では名前を呼びません。ただ、番号だけでは聞き間違えや言い間違いを防げないかもしれません。番号で呼び出した後、本人かどうかを確認する書類を提示していただくことがありますのでご了承下さい。
のように掲げて、その通りにすればどちらでもいいのである。プライバシーは必ずしも最大限保護するものではなく、その度合いを個人が選択できるようにできたらすばらしいのだ。
ところが、
正当な診療目的を果たすため、患者情報を記入いただくために個人情報を取得します
というふうな感じの作文をするのが個人情報保護だと勘違いしている人が絶対いる。こんな、何を言いたいのかわからないメッセージは、根拠のないダイエット食品の宣伝文句よりもたちが悪い*5。経済産業省の経済産業分野ガイドライン違反でもある。
このままでは、
- 個人名を呼ばないことを売りにする組織
- ポリシーを明示せず大丈夫な雰囲気を醸すだけの組織
- ポリシーになっていないものをポリシーとして掲げる組織
- 実態はともかく、とりあえず金に任せて認証だけ取得して認定マークを掲げているだけの組織
だけが社会的に認められるようになってしまい、本当に個人情報を大事に扱っている組織が評価されないのではないか。