郵便局は切り捨てられる

 郵政民営化支持派が「国鉄は民営化されたが、地方の路線が切り捨てられただろうか」と言うが、こっけいでならない。JRはたくさんの地方線を廃止してきたではないか。廃局が危ぶまれているのは国鉄路線が第三セクター化されたような不採算地域である。
 電報は法定業務なのに、地方都市に行くとNTTの旧支店(電電公社時代は電報電話局だったのが統廃合されて空きビルになっているもの)をたくさんみかける。郵便局がジャパン・ポスト(JP)とかになったら、法定業務を引き継いでも郵便局は間違いなく減ると思う*1
 整備新幹線ができるから並行在来線は切り捨てても仕方がないという意味不明な論理が成り立っている*2。同じ論法を使えばブロードバンドを引くから郵便事業は不要という話にまもなくなる。いかなる公文書も今の法律では電子的に発行可能なのだ。
 しかし、わたしは反対派の肩ばかり持つわけではない。
 鉄道は固定資産がないと営業できないが、郵政事業には発想の転換があってもいい。守るべきはユニバーサル・サービスであり、郵便局舎や郵便職員の業務スタイルではないのである。ドイツ・ポストのように、過疎地は自動車で移動郵便局をやればいいのである。福島県矢祭町では、役場幹部の家に届けたり、通勤中の役場職員に手続き書類を渡せば受理してもらえるという。
 業務の効率化を発想の転換を持って行えば、金融事業(貯金・簡保)の規模が小さくなっても対応可能だし、民営化した場合は無理して旅行代理店業やコンビニ稼業に手を突っ込まなくてもすむかもしれない。

*1:もちろん10年後以降だが

*2:両者は用途が異なる。配膳用のお玉を買ってきたから今日からデザート・スプーンの代わりに使ってね、というのと同じ