フィクション - ある党首の独り言

 いったん自宅に帰って、これから期日前投票
 いつもは人に頼んでいる熱帯魚のえさやりをするくらいの時間しかなかった。本当は着替えてシャワーでも浴びたかった。この後も地方遊説で、選挙翌日まで帰れない。
 ああ、もう声が枯れてきたなあ。これだけはいつもどうしようもないな。あ、投票所の出口で記者が待っている。結局ここでも話をしなければならないのか。
 立候補政党と立候補者を確認。まずは選挙区。うちの党は2人出したら票が割れて共倒れだから、まあ、投票先は1人に決まっている。ただ、彼は党首選挙のときに自分に入れなかったんだよな。なんで私はそんな人に投票してやらなければいけないのだろう。でもまあ、現職の彼が負けたら党として困るし、仕方がない。
 続いて比例区。政党名か候補者名が書ける。まあ、普通に考えれば自分の政党名を書けばいいな。


 うん、待てよ....
 あいつには尽くしてもらったからな。あいつの名前を書こうかな。
 でも、どこで誰が見ているかわからない。もしかしたらではあるが、いくら選管が気をつけていても、盗撮カメラがついているかもしれない。わたしみたいな大物がこそこそって書くわけにはいかないから、腕の動きで筆跡を読む者がいるかもしれない。「党首は●●氏に投票した。●●氏は党首の秘蔵っ子で・・・」などと書かれたら困るな。いや、考え過ぎか。そんなわけないな。
 いっそのこと、1票くらい減っても大勢に影響はないから、ほにゃふにゃ党にでも入れてしまおうか。この投票所での得票が1票だったら、それは私だ。
 ただ、本当に他党に入れたら後悔するだろうな。もちろん選挙結果には影響しない。しかし、たぶん失言が多いわたしのことだから、引退後に気が緩んで講演でぽろって言ってしまうかもしれない。そしたら私の面目は丸つぶれだ。それどころか、次の遊説先に移動中の車で今日にでも寝言を言ってしまうかもしれない。昨日からテレビカメラも密着しているから、すぐにニュースにされてしまう。
 そうだ、次回の選挙の予行練習で私の名前を書こう。もし私に入れたと口走ってしまったら「私たちの党に入れた」の間違いだと言えばいい。うん、それがいい。私の名前はいい名前だ。何よりかっこいい。連呼しやすい。覚えやすい。すばらしい。
 私は、ゆっくり投票箱に近づき、用紙を入れた。たまにはこういうのもいいだろう。
 「党首、期日前投票にあたってのご感想は?」 記者が、またくだらないことを聞いてきた。

これから、残りの期間、1票でも積み上げられるよう最大限の努力をしてまいります。