高付加価値精算ゲートの導入

 今でこそ、クレジット・カードを使えるスーパー・マーケットやディスカウント・ショップは当たり前になったが、導入当初はあまり顧客にとって使う気にさせられるものではなかった。理由は

  • ゲートがたくさんあっても使用可能なレジが1箇所程度しかなく、そこにすでに時間のかかりそうな客がいたり閉鎖されていたりするのを見かけると「使いづらい」というイメージを植え付けるには十分だったから。
  • クレジットカード承認端末の操作に定員がもたつくから。*1
  • そもそも少額決済にカードを使うという文化が日本になかったから。

といったところである。
 大手スーパーでは、自前の子会社でカードを発行し、ダイエーでは本体よりもカード子会社の方が元気だったりもする。カードが普及したのは

  • ポイントや割引サービスも手間なくつけてもらえるなど、十分なインセンティブ
  • どのゲートでも使える
  • 精算が現金より早い
  • 「おにぎり1個でも」のローソン(ローソンカード)のCMなど、少額でも歓迎であることを小売側が積極的にアピールしたから
  • セゾンカードに追随し、いくつかの流通系カードが年会費無料に踏み切ったから

といった理由であろう。大手スーパーは「精算ゲートの高付加価値化」に成功したのである。次世代の付加価値は、IBMがテレビCMでやっていたような「精算処理が完全自動化されたレジ」であろうか。ICタグを利用し*2し、まるで万引きしたときのように店舗からそのまま出てもゲートで課金されているというような内容であった。さすがに小売店では金額提示を受けてそれを承認する作業を通したいのであまり現在の観念では便利そうに感じないが、それと同じくらい驚きをもって迎えられるような発想が求められるのだろう。
 さて、大手スーパーの普及事例を一般化すると、普及の法則は

  • 十分なインセンティブ
  • どのゲートでも使える
  • 旧型サービスよりも手続きが簡単
  • 使用にあたっての制度的制約、非制度的(心理的)制約がない

ということになるが、これを実証したのは高速道路のETCであった。偽造の温床となった回数券を廃止し、ETC車載機の初期費用を下げた。都市高速でETC専用入口を設けずに料金支払い待ちの列に並ぶ必要があったころは先行投資者にかなりの不評だったが、今ではどんどん普及率が上がっている。障害者も割引料金で利用できるが、好評に甘んじず、二輪車用のカードやクレジット・カードが不要な専用カードの発行も検討中だとか。
 一方、Edy対応の自動販売機はなかなか見かけない。初期導入期は街全体全部Edy対応にするなど、派手に導入していかなければ認知度が高まらない。
 今日は東京三菱銀行で、てのひら認証の登録を行ってきた。家に届いたICカードを提出し、窓口で静脈を読み取ってICカードに記録してもらう。これで自分以外が不正に預金を引き出す可能性が少なくなるというわけだ。
 手続きが終わって「この後、残高照会でもして操作に慣れておいてください」と言われたので隣のATMコーナーに行ったら、ATM5台のうち、手のひら認証対応の新型ATMは2台しかなかった。
 上の普及の法則に照らせば全台新型ATMにすべきだが、さすがに一度に更新するのは設備投資がかさむだろう*3。使える手のひら対応ATMはすべて使用中で、手のひら認証機を使うこともなさそうなおばあちゃんが通帳とずっとにらめっこをしている。

早く空けろ、誰か注意してよ

と思ったが、おばあちゃんを責めても仕方がない。何より頭に来たのは2台しかないのに

1台が調整中

であったことだ。新型機は実績も少なくて故障率が高いだろうから、無人店舗で2台、支店であれば3台は置くべきだろう。でもここでは黙っておばあちゃんの後ろに並ぶしかない。
 残高照会専用の並び口とは別に、手のひら認証専用の並び口が用意されていたのでそこの先頭に立つ。そこの説明を読むと、手のひら認証を使う人が来たらその人が優先だが、誰もいないときは手のひら認証対応機を従来の非IC(磁気のみ)のカードの客でも使えるらしい。しかし、昼時にすごい行列ができているときにこのルールは守られるのであろうか。警備員さんにはぜひ隣に立っていて指導してほしいものだ。
 この場には警備員とおばあちゃんとわたしの3人しかいなかった。
 話を戻すが、磁気カードの情報盗難の危機感は、クレジットカード個人情報盗難の騒ぎに紛れて下火になってしまった。普及の法則を全部満たしていないし、ICカードの普及はあまり進まないと予想する。それでも江口洋介*4などを使って安全性の高いサービスをまじめに宣伝している東京三菱銀行は評価してよい。
 昔のマーケティングの常識に照らせば、新規商品に手を出す消費者は

  • 物好き、あるいはその商品に高い興味がある
  • 経済的に余裕があって、余裕資金から支出する
  • 信頼できるものよりも新しいものが好き

であり、新規市場への参入業者にとっては

  • 競合相手が少ない
  • 価格にそれほど敏感ではないので原価率を下げやすい

といったことから、高利益率が期待できるとされていた。代表例は「その速さを何に使うかわからない」としばしば揶揄される最上級性能のCPU(コンピューターの中央演算装置)などが挙げられる。自動車の新型車種を買う人は「メーカーにリコール情報を提供するために寄付している」と言う人もたまにいる。
 しかし、商品ではなくてサービスという話になると、マーケット・シェアの獲得が不可欠である。

  • 物好き、あるいはその商品に高い興味がある

という点では変わらなくても、

  • 高付加価値でもコストは納得できるものでなくてはならない
  • 信頼やイメージが大切

となる。
 JR東日本Suica専用改札機なるものを導入したようだが、最初からコストダウンの思惑と従来サービス切り捨ての発想が丸見えのやり方は反感を買う*5。市場初期導入期は、シェアが小さくても利益率を稼ぐ局面ではなく、ある程度は投資になっても普及を優先に考える局面だと意識するべきである。Suica専用機は「改札を一部減らしますが、例外的にSuikaは通れます」ぐらい強気のアナウンスが通用するくらい普及率が上がってから導入すべきであった*6。少なくても私鉄や地下鉄と連絡する定期乗車券がICカード対応になるまで、どんなに自社発行券のSuicaシェアが高くなっても磁気券を尊重すべきであった*7東京三菱銀行は、それがわかっていてかどうかはわからないが、手のひら対応機を磁気カード兼用機にしている。
 そういう意味では、積極的に新サービスへの移行を促進するために、普及の法則を満たすだけではなく

従来サービスの顧客も大切にする

のも重要だということがわかってくる。

*1:http://d.hatena.ne.jp/o1y/20041121#p2 を参照。

*2:商品に価格情報が登録された極小チップを取り付ける。店舗の出口では電波を照射してそのチップから発信された情報を読み取る。買い物客が持つカードなどから発信された情報と合わせて、商品の合計金額を買い物客の口座から自動で引き落とすようにする。人手を介さずに決済が終わる

*3:UFJ銀行との統合を控えているからなおさら今は投資できない

*4:http://www.btm.co.jp/btm_img/img050701_00.jpg

*5:http://www.janjan.jp/business/0504/0504095551/1.php

*6:ETCと引き換えに回数券を廃止したのは、偽造券の駆逐という社会的要請があったから例外的に受け入れられたのだ。もっとも偽造券愛好家の方々には抵抗があっただろうが、偽造券が使えなくなることについて表立って苦情を言えるわけがない

*7:他社局発行のJR連絡乗車券は、ほとんど磁気券である