フィクション ダイエット支援サービス

 遠い未来のお話し。
 大手の鉄道各社のいくつかが共同で記者会見を開き、運輸業からの撤退を発表した。
 人口減に伴う需要伸び悩みが続く中、それでもなお残る朝と深夜の通勤ラッシュを改善されず、設備劣化に対する投資意欲もなく、財政破綻した行政機関からは補助金も受け取れなくなってしまった。各社の首脳たちは、公共交通機関として存在する資格も前提もなくなってしまったことを次々と口にした。
 それ以外にも問題はいくつもあった。職員のモラルは下がっていた。また、車輌や保安装置の更新は行われなくなった。混雑時には人身事故や悪天候以外で、本来防げるはずの原因で遅れや運休が増えていた。とうとう、ある社では過去にさかのぼって無手数料で定期券を払い戻す取り扱いが始まり、主要駅の定期券売り場には長蛇の列ができた。
 記者は社会インフラの担い手が職務放棄をすることに対して非難を浴びせた。自分達も電車通勤者であり、廃業したら困る。大都市では住宅も勤務地選びも鉄道の存在が大前提であると。
 それを受けて、ある社の首脳が言った。

「それは十分理解しています。
廃業はしません。電車は動かします。」

記者は声を荒げた。「理解できない。それなら営業譲渡か? あるいは第三セクター方式か?」

「違います。業態変更するのです。
通勤ラッシュは辛いと思うから辛いのです。
吊り革の高い位置を握って爪先立ちしてみてください。適度の圧迫と揺れがあります。
いい運動になるでしょう。冬でも汗が出ます。
腕を上げていれば四十肩も防止できます。
自分のためだと思えば喜んで乗ってもらえるはずです。

ですから、これを

ダイエット支援サービス

として提供します。もちろん、遠くに移動する機能も無料オプションとしてつきますからその目的でこれまで通り使っていただいても文句は言いません。」
 記者たちはあっけに取られたが、しばらくして口を開いた別の記者は「あんな苦しいものにお金を払わされるのか」と言った。しかしマイクを持って立ち上がった首脳は調子に乗って「スーパー銭湯のサウナだって水風呂だって苦しいけれどみなさん喜んで行きますよね」と屁理屈を展開した。
「これまでの違いは、運輸業ではなくなるということです。国土交通大臣には先ほど路線廃止の申請を行いました。運行ダイヤ維持や安全管理による義務的経費がなくなり、経営の自由度が高まります。乗務員は学生のアルバイトに切り替えて費用削減を図ります。」
「遊園地の遊具だって検査があるのに何を言っているんですか」

「いえ、検査って行政が指導するから必要なんですよね。新業態なのでまだ法規制はありません。国の指導は受けません。」

この発表から1ヶ月後、移動式ダイエット支援機が走行中に鉄橋*1上で脱線・転覆し、ダイエットを強制終了させられるばかりか永遠にできなくなった人が大勢出てしまった。その路線は鉄道としてはもちろん、ダイエット支援施設としても永遠に復旧されなかった。

繰り返しますがフィクションです。

20世紀から21世紀、日本は造ることばかりに夢中になり、その後保守していかなければならないことから目を背けてきた。震災や偽装工事があって若干の見直しはあったものの、強制的に補修をさせたり、補修の予算を優先させることはなかった。

ノンフィクションになりませんように。

*1:鉄道橋梁ではなく、鉄の橋